2014年9月27日、シェアオフィス「さくらWORKS<関内>」(横浜市中区相生町3)で行われたイベント「布団の中のアーティストvol.1」の様子を取材しました。

イベントの主催はNPO法人「横浜コミュニティデザイン・ラボ」と、ミュージシャンらが中心となった「布団の中のアーティストプロジェクト」。

「布団の中のアーティスト」という名前には、ひきこもっている当事者にも表現欲求を満たしてほしいという思いがこめられています。また、イベントは自由な「表現の場」をコンセプトとし、表現行為を通じて悩みを抱える方々の状況打破の機会やきっかけを作り、心の風通しをよくすることを目的としています。

バラエティに富んだパフォーマンス

15時30分の開場とともに次々とお客さんが入場し、16時のスタート時には用意された席のほとんどとなる、36席が埋まります。メインステージの他にも、自由に休んだり他人と話したりできる畳のスペース、そして絵や写真の展示スペースも設けられるなど、バリエーションに富んだ会場となっていました。

演奏する哲生さん

哲生さん


歌うフラーさん

Furahさん


ビートボックスを披露するエレクトリ-さん

Electryさん


第1部は、まず「布団の中のアーティストプロジェクト」代表でもある哲生さんが登場。

哲生さんは十代の大半をひきこもり、人一倍コンプレックスが多く、誰とも話さない日が何日も続いた経験の持ち主。しかし、ギターを弾けたことから音楽仲間と外で会うことができるようになり、音楽という表現行為で徐々に人とのつながりを持てるようになりました。

そんな哲生さんがまずはオリジナル曲を演奏し、会場の空気を和らげます。その後はゲストミュージシャンのFurahさんによるアカペラと、ギターを使っての歌唱。そして、不登校の経験があるElectryさんが、口で様々なビートを奏でる「ヒューマンビートボックス」を披露しました。

当事者らによる「表現」の場

歌う由悟さん

由悟さん


大谷健児さん

大谷健児さん


山下陽介さん

山下陽介さん


第2部では当事者のエントリーによる演目がスタート。現在も当事者として生活を送っている由悟さんは、自身が好きなバンド「SOPHIA」の楽曲を歌で披露。緊張のステージでしたが、練習の成果を見せることができました。歌い切ると「ありがとうございました!」という言葉とともに涙があふれ、お客さんの中にも涙をもらった方がいるようでした。

奇抜なファッションで登場した大谷健児さんは、アカペラで2曲の「ひきこもり替え歌」を披露。歌う時以上(?)に熱の入る軽妙なトークに、お客さんは大爆笑。ひきこもりとはまるで無縁のような空気の中、尾崎豊とAKB48の替え歌を演じました。AKB48の替え歌は、年金を滞納する悲哀をテーマにしたもの。独特のユーモアで笑いを誘いました。

続いてのエントリー参加者は、弾き語りの山下陽介さん。著名なジャズピアニストと同じ読み名ですが、こちらの山下さんはギターを持って登場。哲生さんとともにエレキアコースティックギター✕エレキギターでのセッションを行いました。

「ひきこもり名人作」の詩が即興で歌に!

トークセッションをする勝山さんと哲生さん

トークセッション(勝山実さん、哲生さん)


ここからイベントは後半へ。第3部は哲生さんと「ひきこもり名人」こと勝山実さんがトークセッションを行いました。

ゆるい空気の中、勝山さんが昔書いたという自作のポエムを持参していたことが発覚。

「夢の世界の方が 少し生きやすい 無職であることを忘れる 穏やかな日曜の昼下がり……」

と始まる詩を、哲生さんが即興で歌にするという離れ技を見せ、観客からは大きな拍手が沸きました。この反響には、哲生さん本人もびっくりしたとのことです。

当事者の詩を曲に乗せて歌う

コラボで演奏する三人

スペシャルコラボ(Furahさん、哲生さん、Electryさん)


トーワさんと哲生さんのコラボ演奏

スペシャルコラボ(TOWAさん、哲生さん)


最後となる第4部は「当事者が作詞したものを曲にして披露する」という、スペシャルコラボレーション。「空け者」さんが作詞した「ひらきなおりひきこもり」を哲生さん、Furahさん、Electryさんの3人が演奏しました。

何故、家に居ていけないの?
この家は私を守ってくれる

感謝が足りないと言われそう
でも、それを上手く伝えられない

(私の)心に入ってこないで
(私の)心を壊さないで

「ひきこもれている」感謝の気持ちを伝えられず、その葛藤からますます内に向かってしまうジレンマを込めた詞。ギターとブルースハープ、そしてヒューマンビートボックスが絡んだ鬼気迫るステージに、お客さんも圧倒されている様子でした。

最後の「由悟」さん作詞「はじまりの歌」を披露する前に、イベント中に絵を書いていたTOWAさんの作品が完成。TOWAさんの絵を側に置いて哲生さんが歌い、客席からは手拍子も起こりました。

「お前に何が出来るんだ?」
そう誰かに言われて

布団の中に潜り込んで
小さい声で泣いていた

いつものホームで電車に乗る
俺もみんなと同じように

MP3のコードを
点滴のようにぶっ差している

満員電車で押し潰されてしまうのは
体じゃない 俺の魂

社会で揉まれながら生きることの辛さを絞り出すような詞ですが、哲生さんはゆったりと寄り添うようなテンポで切々と歌っていきます。穏やかな雰囲気の中、イベントは幕を閉じました。

出演者のお話

・由悟さん
「両親にはこれまでたくさん迷惑をかけてきた。怒鳴られたこともあったけど、両親を含めいろいろな人への感謝を込めて歌った」

・TOWAさん
「普段はヒップホップのイベントに出演することが多いが、今回はお客さんの雰囲気が違っていたので新鮮だった」

・じろりろぽんさん

展示スペースの様子

展示スペース


あさごはんというタイトルの絵

じろりろぽんさん作「あさごはん」


展示ブースでは、「由悟」さん、「陸奥みかん」さん、「じろりろぽん」さんの3名が自作の絵や写真を披露。今回は、じろりろぽんさんにイベントに出展しての感想を伺いました。

「自分も沢山の生きづらさを抱えている。そうした人たちが勇気を出して表現活動をしているのを見て自分も頑張ろうと思いました」と話してくれました。現在は、11月22日に「東白楽あっとぺっぷ」で出展する原画を作成中とのことです。

・哲生さん
「個人的にはもっと緩い感じにしたかったが、お客さんからは『良かった』という声をいただけた。イベントの雰囲気をどういうものにしていくか、考えたいと思う。(自身の出演について)作詞してくれた当事者の方の、心の深い部分に潜り込むように歌いました。それによって、僕自身の心も風通しが良くなりました。次回は、エントリーしてくれる人がもっと増えてほしい」

「布団の中のアーティスト」次のステップ

イベントに訪れたお客さんからは「『生きづらさ』から生まれる表現を、よくぞここまで結実させてくれた」という声が聞かれるなど、強い手応えを感じさせました。

ユニークな試みの第一歩を踏み出した「布団の中のアーティスト」。人前に出て「表現する」のは、とてもエネルギーを必要とすることです。生きている中で抱え込む多大なエネルギーを自己表現に変え、無理なく人とのつながりをつくる。そうした新たな「居場所」の可能性を感じるイベントでした。

また、自作の絵や写真の展示、そして哲生さんらミュージシャンへの歌詞の提供を通じ、自分の心の内から湧き出る「声」を、外に届けることができる。こうした人前に出なくてもできる「自己表現」が可能な点にも注目です。当事者が気軽に参加できることで、表現の輪がどんどん広がっていく。そうした期待も抱かせます。

次回は2015年1月24日(土)16時~、今回と同じくさくらWORKS<関内>で開催されます。

どういった形で当事者の声が表現されるのか。注目が集まります。

※イベントの様子を撮影した「撮ってみた。」は、12月に掲載予定です。

「布団の中のアーティスト」
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