2014年10月に掲載した「読んでみた。」「『奇跡』は準備されている」は、ひきこもりとは直接関係のないスポーツの本でした。しかし、そこで紹介されているのは選手一人ひとりの性質にマッチさせた緻密な「コミュニケーション」、そしてウクライナ人である著者のオレグ・マツェイチュクさんから見た「日本社会」の姿です。そこで、「ひきこもり」と強力な結びつきをはらむキーワード「コミュニケーション」「日本社会」を軸とし、本書を紹介するに至りました。

ひき☆スタ編集部では、この2つの言葉と「ひきこもり」との関係についてさらにお話を伺うべく、オレグコーチにインタビューを行いました。

まずは、オレグコーチについて簡単にご紹介します。
オレグ・マツェイチュクさん1972年、ウクライナのキエフ生まれ。2003年に来日して「日本ナショナルチーム・男女フルーレ統括コーチ」に就任。2008年の北京オリンピックでは、太田雄貴選手が銀メダルを獲得し、オリンピックではこれが日本のフェンシング史上初めてのメダルに。2010年からは男子フルーレコーチとなると、続く2012年のロンドンオリンピックで、男子フルーレ団体が銀メダルを獲得。2014年に仁川で行われた第17回アジア競技大会では、男子フルーレ団体が中国の5連覇を阻止し、1974年のテヘラン大会以来となる金メダルに輝きました。日本フェンシングを世界トップレベルへ押し上げる推進力となり、現在も男子フルーレコーチとしてその手腕を発揮しています。

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インタビューの舞台となったのは、様々なスポーツの国内トップレベル選手が集まる「国立スポーツ科学センター」。赤羽駅近くに位置し、通称「JISS」とも呼ばれています。JISSは、近くにあるNTC(味の素ナショナルトレーニングセンター)と合わせて国が650億円もの巨費を投じ、日本のスポーツの国際競技力向上を目的として設立されました。2001年10月に開所し、スポーツ関連の科学や医学の研究・応用、各種情報の収集・蓄積などを通じて選手たちを総合的にサポート。2012年のロンドンオリンピックで、日本は総計38個ものメダルを獲得しましたが、その背景にはJISSとNTCによっていくつものマイナー競技が躍進したためだとも言われています。

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JISSの中にあるフェンシング練習場に通されると、オレグコーチが笑顔で迎えてくれました。たくさんのピスト(フェンシングの試合が行われる長方形の舞台)が並ぶ広大な空間に、編集部は圧倒されっぱなし!応接スペースもありましたが、オレグコーチは練習場の一角に椅子を並べてのインタビューを提案。そうした気さくさは「好きな日本語は?」という質問への答え「ラーメンツケメンボクイケメン(笑)」にも表れていました。

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我々からすると当たり前のことが、ウクライナ人であるオレグコーチから見ると特殊に見える文化の数々を教えてくれました。来日して10年以上経つオレグコーチですが、日本社会には不思議に思えることがまだたくさんあるようです。 日本人の「コミュニケーション」と「日本社会」の印象。そうした2つのキーワードをない交ぜするように、オレグコーチは持論を展開していきます。それだけ両者は、切っても切れない密接した関係にあるのかもしれません。

◆日本とウクライナ……「仕事とプライベート」のバランスについて

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――日本の文化で気に入っているものはありますか?例えば食事とか……

料理はとても美味しいですね。納豆も食べられます。外国に行っても、和食を食べられるところをつい探していますよ。

――日本の生活にもすっかり慣れていらっしゃいますね。それでは、日本人のイメージを一言で表すとしたら、いかがでしょうか?

「働き蜂」のイメージがありますね。日本人はとてもよく働きます。そのおかげで素晴らしい国ができたので、尊敬しています。石油のようなエネルギー資源がない国なのに、生活レベルが高く、きれいで治安もいい。こうした国ができたのは日本人の力です。
でも一方で、そこまで働く必要があるのかな、とも思います。日本の会社を見ると、働いている方がなかなか定時で帰れない。上司が残っているために部下が先に退社しづらい、そんな雰囲気があるようですね。でも本来は、仕事から帰って子どもたちと遊び、家庭を守ることが大事なはず。子どもが小さい時から親に会えず愛されずに育つことは、ひきこもりの問題につながるかもしれません。

――仕事とプライベートのバランスが悪いということでしょうか。

そう、バランスが悪いですね。男の子に対しては、何よりお父さんの存在が必要です。お父さんから男らしさを学んで欲しい。今の子どもの選手を見ていると、言い方は悪いかもしれませんが、弱虫なところがあります。
親は遅くまで仕事をして、その後飲んだり遊んだりしてから帰る。それでは子どもたちは寝ているじゃないですか。子どもたちの教育に対していいことではありません。

――そうした「働き蜂」の側面を見る一方、本書では日本人を「スーパーナショナリスト」と表現していますね。

日本人は何より、自分の国が大事だと思っているように感じます。国のために頑張るという意識が強い。例えば海外では、自分の国に問題があればすぐに他国へ移り住んでしまう人もいます。ウクライナでも、経済的に豊かな国に移住することは流行っています。しかし日本は、国に問題が起こったら「我々こそ頑張らなければいけない」と行動しますよね。だから「スーパーナショナリスト」と表現したのです。
日本人は歴史との結びつきが非常に強い。自分の歴史、伝統文化、国を大事に思っているのは、素晴らしいことだと思います。それに、他の国の文化も尊敬しています。
他国では自分たちに長い歴史があっても忘れてしまい、子どもたちに教えないことがある。それは非常に残念なことです。 世界の中では、3つの民族に強いナショナリズムを感じます。まずは日本。そして中国とEU。彼らは、自分の歴史や文化を守りたいという気持ちを持っているように思えます。

――それでは逆に、オレグコーチの母国であるウクライナはどんな国ですか?と聞かれたときにはどう答えますか。

一言でいうと、ウクライナ人は家族を大事にします。よく働いている人もいますが、目的は何かというと「家族」のためです。日本は国のために働き、ウクライナは家族のため、となるでしょうか。
日本人は定時では帰りませんが、ウクライナ人は定時になったら、みんなパッと帰ります。子どもたちに会いに帰るのです。もちろんいろいろな人がいますから、仕事後に遊びに行く人もいますけど、一般的には家族のもとに戻る人が多いですね。家族のために頑張らなくちゃ、とみんな思っています。

◆私は「卵」の中身を見たい

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――日本人は「本音と建前」を使ってコミュニケーションを取る場面がとても多いと思います。コーチとして選手とコミュニケーションを取る時に、そのことは障害になりますか?

はじめの頃は障害がありました。日本人は「イエスかノーか」をはっきりと言いませんから。選手たちが実際に何を思っているか分からず、信頼関係を築けませんでした。以前日本の女性選手にも教えていたときは、コミュニケーション文化の違いもあって指導がとても難しかった。しかし、時間が経つにつれよい関係を築けました。
人間はそれぞれ違うもの。一つの鍵で全員の心を開くことはできません。だから、それぞれに合う鍵を見つけなければならないのです。中には明るく隠し立てしない選手もいますが、プライベートに問題がある人ならば、遠くから少しずつ近づくように話していく。そういった工夫をしています。
私にとって日本人は「卵」のイメージです。殻の中にいる。実際に存在しているのに、中身は分からない。殻の中にとじこもっているような人が多いと感じます。選手たちに教える時に、私はやっぱり「卵」の中身を見たい。その中身が分からないと、選手とコーチの関係はうまくいきません。

――選手それぞれの性質を把握し、それぞれに見合ったコミュニケーションを取っているということですね。

そうですね。私にとって、スポーツはただの仕事ではありません。これは私の人生であり、なくてはならないものです。だからこそ、選手たちと家族のような関係にならなければうまくいきません。日本にいる選手たちが誕生日を迎えれば、海外にいても必ず電話を入れます。日本にいればプレゼントを渡します。大事な日じゃないですか。

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――日本のスポーツ指導では、指導者と選手が上下関係で成り立っている場合があります。10人の選手がいれば、10人に同じようなメッセージを発する。極端な場合には、体罰をふるい問題となることがあります。

私の指導ではありえません。みんなそれぞれ違う選手だから、全員に同じメッセージを発しても、一部分しか通じないでしょう。みんなを同じような人だと考えていたらうまくいきません。自分でも気づきましたが、選手それぞれに対して、私は声の高さも変えていますね。

――本書の中でも、太田雄貴選手と千田健太選手に対しては教え方を変えている、という記述がありました。これまで述べてきたような教え方は、ご自身が体験されて身につけたコーチングなのでしょうか?

残念ながら、私のコーチはそういった教え方ではありませんでした。自分でコーチになった時、選手の性格やテンションについて調べ、それから教えた方がいいと思ったのです。ある選手は、しかられないとうまくいかない。他の選手は、しかられると落ち込んでしまうかもしれない。そうした選手には「あなたはやればできる。頑張れば何でもできる。あなたは将来のチャンピオンだから頑張って!」と励ます。そうしたら、途端に伸びてしまうのです。そうした経験もあるので、全員に同じ教え方をしていたらうまくいかないと信じています。

もうひとつ、とても大事なことがあります。試合に負けたら「あなたのミスだ」「練習が足りなかったからだ」といった文句は、一切言いません。それは我々のミスですから。ミスしたポイントを挽回しようと伝えます。逆に勝った時は「我々のコーチングのおかげで勝った」ということも一切言いません。負けたとしても、それは選手が悪いわけじゃない。我々のどこかに失敗があった、と考えるのです。負けた時に選手が文句を言われて耐えられるかどうか、心配ですからね。

――そういった関係性を構築していきたいと思ってそうなったのでしょうか?

そうなればいいと思っていたので、非常にうれしいです。
スポーツだけでなく、プライベートでも家族のような関係になっています。それは、成功のために一番必要なことです。誰かに問題があったら、みんなで協力をして助けなければいけない。選手はいつも誰かに守られ、みんなに応援されている。そうした環境にいれば、何でもできると思います。

◆自分自身を失わず、環境を変えてみてほしい

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――ひきこもりという現象について、何か感じていることはありますか?

ゲームやインターネットなど、今の時代はモノが進化して、あまりに便利すぎます。そのためにひとりでいる時間が増え、友達をつくってコミュニケーションを取ることが難しくなっているのではないかと考えています。

「家族」「社会」「教育」。この3つは人を育てる上で重要な要素となっていますが、その中で「教育」が特に大事だと考えています。

私には小さい娘がいますので、その経験から少しお話します。ある子は「スポーツをやりたい」。他の子は「絵を書きたい」と思っていても、幼稚園では「みんな同じことをやりなさい」と強制されてしまう。子どもが実際にやりたいことを我慢するのではなく、もっと自由にさせてあげてほしいですね。当たり前のことにも、細かくルールが定められている。それを守らなければいけないという意識が皆さんの中に強く、そのために固い考え方の社会になってはいないでしょうか。

ルールが固いということは、悪い意味だけではなく、もちろんいい意味もあります。みんながルールを守っているから治安もいい。公園に行っても子どもたちが裸足で遊べますよね。日本人はゴミをちゃんとゴミ箱に捨てていますから、変な物が落ちていない。交通安全に対しても厳しいルールがあり、他の国より事故が少ない。そのおかげで安全が保たれており、素晴らしいことです。でも、やりすぎることがよくないと思うのです。
ルールが固いのは、日本の特徴でもあると思います。国土は小さいけど人口は多い。しっかりしたルールがないと、国内がうまくまとまらないのかもしれません。

「教育」を例に話しましたが、ひきこもりも含め社会的な問題というものは「家族」「社会」「教育」3つが関わるシステムのどこかに欠陥があると考えられるのではないでしょうか。

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――社会に戻りたいのに、コミュニケーションを取れない、働くのが怖いという気持ちの問題を抱えている方もいます。本書のあとがきにも「(本書の内容が)若い人にとっては何かの示唆になり得るかもしれない」と書いておられました。ひきこもっていて、変わりたいけどどうしたらいいか分からない、という方にメッセージをお願いします。

なぜそういう状態になったのか、人それぞれに理由があると思います。もしかして子どもの時に暴力を受けるなどトラウマがあったのかもしれない。夢があったけどうまくいかなかった……。人が抱える問題はさまざまですが、自分自身を失ってはいけません。

例えば東京は、人口が多い上、電車の中もスピーカーやディスプレイで映像が流れるなど、情報が多い。外を歩いていてもチラシを渡されます。もし皆さんが日常の中でストレスを感じているのであれば、いつもとは違う環境に身を置くのもいいかもしれません。田舎でリラックスするのがいいかもしれない。また、自分と同じような悩みを持った人たちとだけでなく、例えば自分と共通の趣味を持った人たちなど、他のグループに参加してみるのもいい。何よりも変化が大事だと、伝えたいと思います。


<ひき☆スタ編集部より>
オレグコーチはひきこもりの専門家ではありませんが、一つひとつの質問に真剣に答えてくださりました。普段からコーチングを通じていろいろなことについて考え、結びつけて整理していることがうかがえるインタビューでした。

オレグコーチは、選手時代に4度もウクライナ・チャンピオンとなるも、オリンピックには一度も出ることができませんでした。それでも、アグレッシブな姿勢を忘れず、日本代表コーチになるというチャンスに身を投じ、第二の輝かしいスポーツ人生を歩んでいます。

実は、日本代表コーチになることを後押ししてくれたのは、家族だったと著書に書いています。インタビューでもご家族についての話をたくさんしていただきました。挫折をしても、自分を助けてくれる存在がいるということ。オレグコーチの体験は、社会的な問題を抱えた日本人へ、アクションを起こすきっかけを与えてくれるかもしれません。


オレグ・マツェイチュク
1972年、ウクライナのキエフ生まれ。ウクライナ体育大学卒業。旧ソ連のジュニア・ナショナルチームを経てウクライナ・ナショナルチームに入り、4度ウクライナ・チャンピオンとなる。2003年に来日し、日本ナショナルチーム・男女フルーレ統括コーチに就任。以後、ユニバーシアード男子団体優勝(2005年)、世界選手権女子団体銅メダル(2007年)、北京オリンピック太田雄貴銀メダル(2008年)、ロンドンオリンピック男子団体銀メダル(2012年)、アジア競技大会男子フルーレ団体金メダル(2014年)など、輝かしい成績に導く。現在、日本フェンシング協会ナショナルチーム・男子フルーレ統括コーチ、JOC(日本オリンピック委員会)専任コーチ。

※公益社団法人 日本フェンシング協会の公式サイト http://fencing-jpn.jp/

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