パソコンで仕事をする関水さん

「「ひきこもり経験」の社会学」著者であり、ひきこもりを研究されている社会学者・関水徹平さんのインタビュー後編です!

働くことなどについて伺った前編は、こちらからお読みください。
https://hkst.gr.jp/interview/14625/
書評「「ひきこもり」経験の社会学」を読んでみた。はこちらから
https://hkst.gr.jp/review/14237/

後編では、ひきこもり当事者の経済事情、当事者が自分の経験を言語化することの重要性、ひきこもりとセクシュアルマイノリティの関わりについて、といったお話を伺いました。

「ひきこもりのいる家庭は経済的に豊か」というイメージはズレている

――ひき☆スタの投稿「具体的にどのような支援が必要ですか?」には、50件超のリアクションがありました。中でも「支援を受けようにも、交通費がなくて受けられない」といった、お金がないことへの悩みが非常に多く寄せられました。
以前知り合ったあるひきこもり当事者の方は、「自分の親は就職活動に関わる活動に対してだけはお金を出してくれる」と言っていました。しかし、その親御さんは、居場所などへ行くのに必要な交通費は「就職活動ではないからダメだ」とお金を出してくれなかったそうです。本人も、自分のための活動にお金を出してほしいとは言いづらいと言っていました。

これは一例ですが、交通費がないから支援の場に行きづらい、という話はよく聞きます。

――当事者が無収入でありお金がない、という前提が理解されていないのでは?
これはひきこもり当事者に限らないことかもしれませんが、安定した収入がある人と収入がカツカツの人とでは、お互いの金銭感覚を理解し合うのは難しいですよね。外で食事を一緒にするときにも、どのくらいの価格帯のお店に入るのか、交通手段も、徒歩なのか電車なのかはたまたタクシーなのかといった行動からすれ違いがあります。

親の経済的な余裕がどの程度あるかも人によって様々ですし、ある程度経済的な余裕があったとしても、どの程度本人の活動を経済的にサポートしてくれるかどうかは親の考え方や親子関係によって違うので、そのあたりからも、ひきこもり当事者の経済的な状況が外からはわかりにくいのかもしれません。

――ひきこもり当事者のいる世帯が、どれくらい資産があるのかといったデータはあるのでしょうか?
資産状況について具体的な金額が分かるような調査データは今のところありませんが、内閣府のひきこもりに関する調査では、家の暮らし向き、生活水準に関する質問項目があります。それによると、ひきこもり群・ひきこもり親和群の人たちは、一般群の人たちよりも「下」という回答が若干多い傾向があるようです(ひきこもり群の「下の上」「下の中」「下の下」の合計が22.5%なのに対して、一般群は合計が12.6%)。「ひきこもりのいる家庭の多くは経済的に豊かで、親が甘やかしている」という一般的なイメージとは異なる実態が示されています。

社会活動家の湯浅誠さんが生活困窮者支援の文脈で「溜め」という言葉を使っていますが、人間関係や金銭面での「溜め」、余裕がないと、何らかの挫折や問題を抱えたときにこれまでの社会生活を続けていくことがとたんに難しくなって行き詰ってしまいます。

ひきこもるという経験についても、何らかのつまずきを経験したときに家族や友人や先生からのサポートやバックアップが乏しい場合、ひきこもり状態になりやすいのではないでしょうか。またひきこもり状態から抜け出すきっかけについても、金銭面や人間関係面での「溜め」があるかないかは大きな違いが出てくると思います。自力で立ち直ろうとする努力には限界があるからです。

当事者が自分のあり方を言語化することの大切さ

――著書の中で、ひきこもり当事者の生活そのものの質を向上させるQOL(Quality of Life)という考え方を、支援の今後の方向性を担う考え方として取り上げられています。
本の中では、ある当事者が言った「自分のいるところまで降りてきて一緒に考えてくれる人が必要だった」という言葉が、主観的QOL向上の手がかりになるのでは、と書いていますね。
「ひきこもりQOL」という考え方は、支援者の丸山康彦さんから学びました。「ひきこもり」という言葉ひとつでは、その人が経験してきたことやその人の感情は語り尽くせません。自分のあり方を表現し言語化していくためには、(1)ピアサポートや(2)セルフヘルプ・グループのような関係の中で、否定されたり非難されたりすることを心配せずに、自分の経験を話して誰かと共有できる場所が必要だと思います。自分の経験や感情を整理することは、自分のしたいこと、生きていく方向性を見いだすためにも大切なことだと考えています。

(1)ピアサポート
同じような経験をした人、文化的背景を共有する人同士により支え合う活動。

(2)セルフヘルプ・グループ
共通の悩みを抱えている人やその家族が、自主的に活動を行うグループのこと。

だから、当事者の人たちがいろいろな意見を「ひき☆スタ」や『ひきこもり新聞』などの独自のメディアで発信したり、共有したりしているのは、とても大事な当事者活動だと思います。自分の経験や思いを言葉にすることで、また、他人の書いた文章に触れることで、自分が大切にしていきたい価値観や、自分の生き方を表現する言葉を見つけられるかもしれません。

それと関連して、支援関係では「当事者のニーズを尊重する」ということが大前提ですが、そもそも「ニーズを尊重する」とはどういうことなのか、ということを今の私自身の研究テーマとして考えています。ニーズの前提には、自己定義(自分が何者なのか、自分の経験は何だったのかを理解すること)があります。自己定義は、その人のこれまでの人間関係や生活の歴史、そして現在の人間関係に影響されています。この自己定義のプロセスに注目して、自己定義の模索のプロセスに寄り添うことは、「当事者ニーズの尊重」という原則の手前で、必要な支援なのではないかと考えています。

本棚に手の伸ばす関水さん

セクシュアル・マイノリティとひきこもりについて

――ひきこもり当事者の中には、セクシュアル・マイノリティであることがその背景としてあるという人がいます。
私が知り合ったひきこもり経験のあるセクシュアル・マイノリティの方は、学校で他の人が使う「俺」という一人称に違和感があってどうしても使えず、もともと引っ込み思案だった自分がみんなの中から引いていってしまうきっかけのひとつになったと話していました。

まだ研究の途上で確かなことは言えないのですが、何人かのセクシュアル・マイノリティの方にインタビューをさせていただいて、現時点では「セクシュアル・マイノリティである」ということは、ひきこもる可能性を高める要素のひとつになりえるけれど、「セクシュアル・マイノリティだからひきこもる」という単純なことではない、と感じています。私が話を聞いたセクシュアル・マイノリティの方たちは、家庭の困窮、DV(ドメスティック・バイオレンス)、身体的な病気、精神的な問題など、さまざまな問題がからみ合って、ひきこもるという状態を経験されていました。

一方で、セクシュアル・マイノリティであるということは、人とつながる回路にもなる可能性があります。たとえば、同性愛とは、同性を好きになるという欲望の問題でもあります。そうした欲望を自分自身で受け入れるまでの苦しさもあるし、同性を好きになるということが差別やいじめなどの苦しみに結びつくこともありますが、その一方でレズビアンやゲイであるということで同じ立場の人たちと知り合うチャンスができたり、人とつながろうと行動するきっかけになったりする面もあると思います。そうだとすると、ゲイやレズビアンであることが、一概にひきこもる方向に作用するとはいえないとも考えられます。

とはいえ、先ほどの「一人称」の問題のように、セクシュアル・マイノリティであることや、それを受け入れることの難しさが、その人が社会との関わる時の壁になってしまうケースは多いと思います。さらにセクシュアル・マイノリティであることが親子関係のこじれやいじめなどにつながった場合、ひきこもるという状態につながる可能性は高まると考えられます。

セクシュアル・マイノリティであるということとひきこもる経験との関係は一筋縄では捉えきれない面もありますが、いずれにしても、ひきこもり支援の現場にいる方が、相談者がセクシュアル・マイノリティの当事者である可能性について想定していないこと、そして支援者がセクシュアル・マイノリティについて無理解であったり偏見をもっていたりすることは、大きな問題です。自分自身を肯定できていない状況で思い切って支援を受けに行った当事者が、支援の場でセクシュアル・マイノリティへの差別的な言動にさらされれば、相談者はさらに絶望を深めることになってしまいます。
支援者には、ひきこもる経験をした人たちが、セクシュアル・マイノリティや、様々なマイノリティ性を背負った当事者である可能性を念頭においてほしいと思います。様々なマイノリティの置かれた立場や、そうした立場にある人たちの経験について、知識や理解が求められていると思います。

自分と向き合っている人たちと一緒に考えていきたい

――今後、どのように研究を続けていきたいか教えてください。
私自身はひきこもった経験はありませんが、ひきこもるという経験について話を聞かせてもらう中で、当事者の経験や立場について分かってきた面もあると思うし、当事者と非当事者の間に立って伝えられることがあると思っています。

私自身も自分の人生の当事者として自分の生き方について考え、同じように自分の生き方と向き合っている人たちと一緒に考えていくというスタンスで、ひきこもりについて研究していきたいと思っています。


【リンク】
「不条理」の傍らで生きるひきこもり……社会学者・関水徹平さんインタビュー前編【訊いてみた】

「「ひきこもり」経験の社会学」を読んでみた。


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