ひき☆スタでは、ひきこもり相談機関「ヒューマン・スタジオ」代表の丸山康彦さんご協力・監修のもと、新しい取材シリーズがスタートします!ひきこもり生活の質(ひきこもりQOL)を高めることをテーマに、ひきこもりQOLを調査研究されている丸山さんがさまざまなゲストにインタビュー。ひきこもりQOL向上に類する活動を取材し、その本質について掘り下げていきます。
それでは「ヒューマン・スタジオ まるさん ひきこもりQOL追究の旅!」全貌について、まずは丸山さんからよろしくお願いしまーす!

丸山康彦さん

ヒューマン・スタジオの丸山康彦です。「ひきこもり支援」というと、本人への「就労支援」か「就労を目標にした支援」であることが一般的ですが、少数ながら違う視点で行われている相談業務や本人支援もあります。
そのひとつが「ひきこもり生活の質(ひきこもりQOL)」が高まるような支援です。
「生活の質」を「クオリティ・オブ・ライフ(Quality Of Life)」と呼びますが、ひきこもり相談に携わっている私は、現在の生活すなわち「ひきこもり生活」の質(ひきこもりQOL)が高まっていくと、本人が楽になり元気になっていく、と感じています。
「ひきこもりQOL」が高まるとは「ひきこもり生活が、少しでも楽に、楽しく、安心なものになる」ということであり、それは次の3つが必要だと考えています。

1.生活上の困りごと(歯医者に行けない、髪を切りに行けない、買い物に行けない、など)が解決する

2.やりたくてもできないことができるように、やっていても楽しくないことが楽しめるようになる(ゲームなどの趣味や興味ある勉強など)

3.現在や将来に関わることがわかったりできたりする(行政手続き、家計、など)

そこで私は、どのような活動がそれぞれに該当するかを調査研究しているのですが、そのなかで出会った活動とそれを立ち上げた方々を紹介させていただけることになりました。
第1回は、不登校状態やひきこもり状態にある方を対象にした料理教室『料理サークル「太陽」』と代表の長島房子さんです。
長島さんは心理相談員をつとめるかたわら臨床心理士の資格を取得された方ですので、インタビューでは心理学的知見が多く出てきますが、専門家ではなく“元調理師のおばさん”としての顔が前面に出ています。そのため、本人も安心して通ったり訪問を受けたりできるのではないかと感じました。

子どものひきこもり経験が活動の土台に

長島房子さん
長島房子さん

(丸山)まず、料理サークル「太陽」を始めるきっかけとなったお話を伺います。
長島さんがひきこもりに関する活動をされるようになったのは、お子さんが小学校2年生のときにひきこもったことが原体験としてあるそうですね?

(長島)当時の私は、不登校になった理由がさっぱりわからず、とにかく焦っていました。そこで、臨床心理士さんに相談したのですが「学校ってそんなに行かなければならないところなの?」と言われ「当たり前じゃないか」と腹が立ってカウンセリングを中断。
だけど、「学校行事に参加したいか聞いてみては」という話を思い出し、子どもに「運動会に行きたい?」と聞いたら「行きたい」と言うんです。
はじめは世間体を考えてしまい躊躇したのですが、連れて行ってみると、子ども同士で「元気だったー?」と盛り上がり、すっかり溶け込んで。周囲の目を気にした自分が恥ずかしくなりました。

(丸山)そのときの体験が、長島さんの「ひきこもり」に対する見方を変えたのですね。

(長島)当時、私は子どもが元のレールに戻れば終わりだと思っていたけれど、その後も普通の人生を歩んではいません。私も、今はやりたいことを精一杯する自由な生き方をしているので「レールを外れる」ということを教えてもらったと感じていますね。

――その後、長島さんはひきこもり支援施設でのボランティアを通じ、支援する側が相手を傷つけずにサポートをする難しさを痛感。心理学を学ぶため、57歳のときに大学に編入学しました。

(丸山)臨床心理学を勉強する合間を縫って、中学生を対象にした適応指導教室の調理実習でボランティアをされたということですが。

(長島)はい。そこで考え方がガラッと変わる体験をしました。
料理の買い物から帰ってきた子どもたちがなかなか下準備をしないので、私はお米を洗ってしまったんです。保育園で調理師として働いていたことがあったから、つい気になってしまったんですね。そのことを大学の先生に話したら「この子たちについて一から勉強しなさい!」と怒られました。
それから勉強し直してたどり着いたのは「子どもたちに主体性を持たせることが大事」だということでした。進学した大学院では、さらにこのことを研究しました。

(丸山)そして、59歳のとき、在学中に料理サークル「太陽」をスタートさせるのですね。

料理だけでなくコミュニケーションも経験できる

丸山康彦さん
丸山康彦さん

――「生活スキルを学ぶことで自信を取り戻す」といった目的のもとで、料理サークル「太陽」がスタート。具体的な活動内容について伺いました。

(丸山)まず「太陽」をスタートさせる際に、どのようなことから始めましたか?

(長島)料理をすることで参加者にどのような効果が生まれるのか裏付けが必要だと思い、料理教室を心理学的な領域に位置づけることから始めました。
まず、私は調理を「遊び」の一種だと考えました。「遊び」は、社会性を獲得するためには非常に大切なものです。
料理では、野菜を切るときに「こういう風に切ったらおいしくなるかも」と発言するチャンスがありますよね。話し合いをし、協同でひとつの目標に向かうことで社会参加ができます。これは、発達心理学者のパーテンが分析したところの「協同的遊び」に当たるのではないかと思います。

遊びの分類(Parten.M)に基づいた「調理実習と遊び」

遊びの段階
遊びの内容
遊びの欲求がない
一人遊びバラバラに違うことをしている
傍観的遊び友達がしていることに口出しするが、遊びに加わらない
並行遊びそばで同じように遊んでいるが、相互に干渉しない
連合的遊び一緒に遊ぶが、組織化されていない
協同的遊び目的のために役割分担・組織化がなされる

(丸山)料理サークル「太陽」の参加者は、どのように動くのか教えてください。

(長島)最初に料理にかかる予算を集め、スーパーでグループごとに買い物をします。予算内での買い物を経験することで「いくつ買うのか、値段はいくらか」といったコミュニケーションが生まれます。
調理の役割分担が決まっていくと「これは自分でやってみよう」「これは誰々がやるだろう」といったようにグループ内の動きを理解するので、自発的な判断ができるようになります。

「太陽」では、私から料理の手順を教えることはありません。料理を「教える」というスタンスでいると、参加者が指示待ちになってしまい、コミュニケーションが生まれないからです。
そうすると、参加者が手順を間違えることもありますが、料理って失敗しても食べられますよね。失敗の体験は、学ぶことが多く重要だと思っています。ぜひ、料理でたくさん失敗してほしいですね。私も「料理に正解はない」ということを、いつも自分に言い聞かせています。

(丸山)参加者は40~50代の方が多いそうですが、ある40代の男性は「太陽」への参加を通じ、現在は「料理の仕事をしたい」と考えているそうですね。

(長島)就労が目的でないことが大前提ですが、例えば働きたいと思ったときに、料理は入りやすい仕事のひとつだと思っています。料理でのコミュニケーションを通じて「人を怖がらなくても大丈夫かな」と思えてきているみたいです。

(丸山)親子で参加される方もいらっしゃるそうですが、親御さんは何を望んで「太陽」にいらっしゃるのでしょうか?

(長島)料理を学ぶというよりは、話をしたい、または話を聞きたいという方が多いですね。親御さんも孤独を抱えることがありますから、友達がほしいという方もいらっしゃいます。

――親子での料理教室への参加は、参加者の要望により二部制に。保護者にはお昼に、当事者には夕方に教室を開いています。

料理サークルの様子調理
料理サークルの様子食事



料理サークル「太陽」での活動の様子(※一部加工しています)

料理サークル「太陽」の心理学的方法と効果

心理学的方法と当事者に生じる効果
目的
①思い切ってやってみるしかない状況を作る手を出さないで責任を持たせる
②まかせる依存心を捨てて、とにかく自分で決めて動いてみる
周囲は様子を見守る
③同じ立場の人がいる心強さひとりじゃないことに気づく
④意外と簡単にできる自分の力に気づいてほしい
⑤美味しいね料理に正解はないことを知り、褒められる経験をしてほしい
⑥自分に対する信頼感自分のことを自分で認めてほしい
⑦主体性を獲得人と関わる喜びもあることを知る
その経験がやる気につながる
⑧家事を担えれば将来も安心一人暮らしも怖くない
⑨冗談が言える・断るコントロールしてくる人へNOと言えるようになってほしい
⑩人生への希望自分らしい人生を追求してほしい

「訪問クッキング」で親子の関係が変化する

長島房子さん

――料理サークルのほかに、希望者の自宅へ伺い料理を一緒に作る「訪問クッキング」もスタート。公共のスペースで行う料理教室とは異なり、メニューの個別対応などが可能となります。また、家の中に第三者(長島さん)が入ることで、家族の気持ちに「いい意味での開き直り」を持たせることができると話します。

(丸山)料理サークル「太陽」をスタートさせた2年後には「訪問クッキング」も始められました。そのキャッチフレーズに「ひきこもったままで自立を目指そう」というものがありますが、私はこの言葉に大変共感しています。

(長島)親子がお互いに本音を話すことができない状況では、料理を通して、本音で対等に話し合うきっかけ作りを目指しています。
子どもが家事を担い自分の居場所をつくることで、親にもゆとりができる。そうすると、家の雰囲気も変わると思います。

「訪問クッキング」では、家の冷蔵庫を私が開けるわけですから、親御さんは心理的な抵抗が生まれます。さらに、台所で子どもが身の上話を始めるものだから、「何を言われているんだろう?」と気になってしまいます。
すると、親御さんが子どもの方に歩み寄ってくるんです。子どもの趣味や性格を認めるようになってくるんですね。これは、子どもにとって嬉しい変化で、親子で外出するようになるケースもあります。
家族療法の分野においては、家族関係をちょっとだけ動かすと、あとはそれぞれの力で大きく変化する「さざなみ効果」が生まれると考えられていますが、そこまでくれば、訪問の効果が表れたなと感じます。ある意味、私が親子の共依存に亀裂を入れているのかもしれません。
ただ、私は相手の領域に侵食しないよう気をつけています。
当事者は、人生について真剣に考えています。だからこそ、深入りしすぎて邪魔にならないようにしなければ、と注意しています。

(丸山)親御さんとしては、子どもを変えるために長島さんにお願いしたのに、親御さん自身が変わってしまったということですね。

(長島)台所というのは、家庭によってはお母さんの「聖域」でもあるんです。子どもが冷蔵庫を開けたことすらない、というケースもあります。そんな子どもから「自分の行動範囲はベッドしかない」と聞いたときに、参加者の生きづらさを痛感しました。

――「訪問クッキング」では、当事者の方の承諾がなければ自宅へ伺わないとしている長島さん。常に当事者への心理状態に配慮しながら活動されています。
また「近所の目が気になる」という親御さんからの要望にも応え、さまざまな工夫を凝らし慎重な訪問を心掛けています。

料理で「生きる力」を身につけ「自分らしい生き方」につなげてほしい

(丸山)料理を覚えた当事者の方には、どのような変化が生まれますか?

(長島)本人に「生きる力」がつくと思っています。
料理ができたら、素材と仕上げる力があればとりあえず生きられるわけですから、何が何でも現金を稼がなくてもいい。
ただ、現代において昔ほど食べもので困っている人はそれほどいません。
マズローによる「欲求5段階説」というものがありますが、現代の人の悩みの多くは所属や承認、自己実現といった、次元の高いものだと思うんです。だから、本当にその人が好きなことで自分らしく生きられることが一番。料理を「生きる糧」と考えるのは古臭いかもしれませんが、ぜひ抑えておいてほしいと思います。
人生で行き詰っているということは、今まで自分らしくない生き方をしてきたからなのではないかと思います。そのとき、料理は当事者にとって大きな力になると信じています。

(丸山)大仰に「ひきこもり支援」ということではなくて、長島さんの場合はみんなにとって馴染みのある「料理」を通じて変えていくのですね。

(長島)地味だけど基本かなと思いますね。料理と家事を覚えて生活スキルを高める。これは丸山さんがおっしゃっているQOLに通じるところです。

(丸山)親御さんは「家事とかどうでもいいから、元のレールに戻ってほしい」と思っている場合もあるのでは?

(長島)「早く働けよ」ってね(笑) だけど、そんな簡単じゃない。そんな簡単だったら、誰も苦しまなくていいはずですから。当事者は楽しく家でひきこもっているわけではないんです。

(丸山)最後に言い残したことはありませんか?

(長島)遺言ですか(笑)?
「太陽」で出会う当事者の方たちは、ものすごく深いところで、自身の存在に疑問を感じ、哲学的な悩みを抱えています。世の中の99%の人はこうした悩み抱えていないかもしれませんが、悩んでひきこもる1%の方は、社会を変える力を持っていると思っています。親が望むままの子どもでいたら、社会を変えることはできないでしょう?

当事者の方たちには、誰がなんて言ったっていいから「絶対に自分らしい生き方をしてほしい」と思っています。そうでなければ生きるか死ぬかという選択になってしまうけれど、死ぬくらいなら自分らしい生き方をしてもいいんだと思います。
私も、今はその気持ちで生きています。自分らしく生きようとすると周りと衝突することもあります。だけど、そうやって生きている今が一番充実しています。

――料理サークル・訪問クッキング、さらに区役所の子ども発達相談などと平行して臨床心理学の勉強を続けている長島さんより、この日の取材から約20日後、臨床心理士の資格を取得したという連絡をいただきました。

「やっとスタートラインに立つことができて今はほっとしています。5年前、自らの生き方に疑問を持ち、不安だったけれど、一歩を踏み出して本当によかったと思います。子どものときから好きだったことを年齢も考えずに、なりふり構わずにやってみようと開き直ったのが、よかったかも知れません。
今後も、臨床心理学の知見を深め、活動に生かしていきたいと思っていますので、皆さまどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました」と抱負を語りました。

長島さんと丸山さん

料理サークル「太陽」、訪問クッキング利用者様の声

料理サークル「太陽」利用者の声
・不登校生の母親
「親子で外出する良い機会になるので、毎月の料理サークルを楽しみにしています。出来れば、もっと回数を増やして欲しいです」

・ひきこもり傾向の40代男性
「最初は人の目が気になって、買い物には行けなかった。今はマスクをして、皆で計算しながらあれこれ買うのが楽しい。料理も面倒だと思ったけど、やってみると簡単なのもあって意外と面白い。ただ人数は少ない方が落ち着く」

訪問クッキング利用者の声
・不登校生10代男性の母親
「最近、息子が結構家の中を動くようになってきました。長島さんが家庭訪問してくれた時には、息子も少し私と話してくれるので、ほっとします。まだ学校に行くのは無理みたいですが、料理サークルの場所まで行けるようになって友達ができたら良いのにと思っています」

プロフィール

料理サークル「太陽」長島房子プロフィール
長島房子(ながしま・ふさこ)
33歳で夫と死別。保育園の調理師として働きながら、女手一つで3人の子どもを自立させたあと、東日本大震災をきっかけに以前から関心のあった臨床心理学を勉強しようと一念発起。大学編入学後、59歳で駒沢女子大学大学院修士課程に入学。修了後は、学校法人駒沢学園心理相談センター研修相談員として在籍しながら、ひきこもり問題と調理実習の効用に着眼した研究を生かし、不登校やひきこもり当事者・保護者対象の料理サークル「太陽」を主宰。また、区役所の子ども発達相談も担当している。2017年、臨床心理士の資格を取得。

「ヒューマン・スタジオ」丸山康彦プロフィール
丸山康彦(まるやま・やすひこ)
「ヒューマン・スタジオ」代表兼相談員。
不登校のため高校を7年かけて卒業。大学卒業後、高校講師、ひきこもりを経て1999年4月に個人事務所を開設し、青少年支援の学習と活動を開始。2001年10月に個人で同スタジオを設立し、不登校・ひきこもりの相談のほか、メールマガジンの執筆配信、家族会やセミナーの開催など多様な関連業務を企画実施。
「ひきこもり生活を楽に、楽しく、安心なものにする」という「ひきこもり生活の質(ひきこもりQOL)向上」を基本方針のひとつとしている。
著書に『不登校・ひきこもりが終わるとき-体験者が当事者と家族に語る、理解と対応の道しるべ』がある。

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