ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ
ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ
吉本隆明
大和出版
2002年
177ページ

柔らかい語り口で読みやすい

 著者は文芸評論家で、二女は作家のよしもとばななさん。この本では「ひきこもり」を社会問題として扱っているわけではなく、著者が「ひきこもり気質」と形容する人間がどういったもので、どう生きていくべきか、について書かれたものだよ。
 インタビュー形式をとっているので、柔らかい語り口がとても読みやすく、分量も少ないのでリズム良く読めます。

 この本は以前に「言ってみた。」の投稿で、会社喪失さんにご紹介いただきました。オススメ下さいまして、ありがとうございました。

学校に漂う「偽の厳粛さ」

 「ひきこもることは悪くない」と、自身の体験をもとに話す著者。物書きを始めたのは、自分が「ひきこもり性」だったからだと、以下のように書いているよ。

友だちと話をしていても、相手の言うことはよくわかるけれども、自分の言ったことが相手に通じていないように思えてならない。孤独好きで非社交的でしたから、うまく伝えられないのです。 どうしたら通じるんだろうと考えて、これはおしゃべりするよりも書いた方がいいのではないかと思いついた。

 こうしたことを14~15歳の頃に考えたらしいよ。なぜ、中学生の時からこう考えたのかというと、学校の「偽の厳粛さ」に嫌気がさしていたからなんだって。

 「偽の厳粛さ」とは、教室に流れている嘘っぱちの空気。先生が求める真面目さ、優等生、品行方正……。生徒と先生が両方で嘘をつき合い、表面上は何事もなくうまくいっているような顔をしている、そんな空気のことを指すみたい。

 特に今の社会では、受験結果などで何となく将来が決まるような雰囲気が醸しだされているので、「偽の厳粛さ」に自分を合わせることが大事になってくる。この空気に気づく感受性の鋭い子が不登校やひきこもりになってしまうのではないか、と自身の体験から書いているね。ふむふむ。

ひきこもることは悪いことではない

 そうしてひきこもる自体は悪いことではない。社会や集団の中でひきこもるのがさらに良い、と続けているよ。学校はサボりながら何となく卒業するくらいでいいし、社会でも「大勢の中での孤独」に安堵する気持ちでいればよいと話す著者。

 この「大勢の中での孤独」については、誰とも口を利かなくても別におかしくない場所として銭湯を挙げているね。過去の「言ってみた。」の投稿「ひきこもり銭湯」にも通じるものがあるな~。

 また、もしコミュニケーションをうまく取れなくても、それはコンプレックスと捉えなくてもよい、と以下のように述べているよ。

あなたは、明るくて社交的でないかわりに、考えること、感じて自分で内密にふくらませることに関しては、人より余計にやっているのです。それは、毎日毎日、価値を生んでいるということなのです。

 ひきこもり気質を持つ人は、ひとりの時間を他人よりも多く持っている。その時間で考えることは、自分の価値を高めて「この人は言うことが違う」と思わせることができる、と話しているね。ふーむ!

なぜ「ひきこもり問題」を語らないのか

 本書でのひきこもりとは、社会や集団に疎外感を持ち、ひとりの時間を好むような人のことを指しているように思ったよ。だから「不登校はどうすれば学校に行くようになるか?」「長年ひきこもっていて、親との関係をどう改善すべきか?」といったようなことには言及してないね。

 実はこの本を書き始めた動機が、元スーパーの店長が地元のひきこもりを集めて社会体験をさせている、というニュースを見て反感を覚えたためだそう。門外漢の人間がしゃしゃり出ることは状況を悪くする可能性があるし、ひとりの時間を持つ人からすれば、大きなお世話に感じるんじゃないか、と思ったからだそうです。

 だからこそ社会的問題としての「ひきこもり問題」への言及は避けて、代わりに自身の体験を踏まえての「ひきこもり気質」の実態について考察する・・・・・・思想家らしく豊かな言葉で語っているな~と思ったよ。

 吉本隆明さんは、今年の3月に亡くなられました。ご冥福をお祈りします。

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