アイムヒアプロジェクト

「アイムヒア プロジェクト」。
ヒビが入っている壁の向こう側に当事者から募集した部屋写真が展示されている。


2019年2月16日から24日にかけて「アイムヒア プロジェクト」写真集出版記念展 “まなざしについて” (横浜市中区黄金町 高架下スタジオSite-Aギャラリー)が開催されます。このプロジェクトでは、インターネットを通じてひきこもり当事者自身が撮影した部屋の写真を募集。約40名から160枚ほども集まったという写真を編集し、アート写真集として出版します。

今回、このプロジェクトを主催した現代美術家の渡辺篤さんに、制作中のスタジオにお邪魔し出版記念展を前に話を聞きました。

自身も深刻なひきこもり状態にあったという渡辺さんは、その経験をもとに数々の美術作品を作ってきました。

後編では、ひきこもり後のリカバリーになった居場所や、「アイムヒア プロジェクト」に込めた思い、さらに「ひきこもりと表現」などについて掲載しました。

※インタビュー記事【前編】はこちら。
https://hkst.gr.jp/interview/17590/


「まともじゃない人たち」が集まる交流サロンがリカバリーに

制作スタジオで撮影した渡辺篤さん

渡辺篤さん(制作スタジオにて)


――部屋から出た後はどのようにリカバリーしていったのですか。
新宿の歌舞伎町に「芸術公民館」という交流サロンがあり、そこに入り浸るようになっていました。

このサロンは美術家の会田誠さんが作ったもので、貧乏な若手アーティストをはじめ、セクシャルマイノリティや障がい者など、あらゆる社会的マイノリティの人が集まっていました。そのほかに有名なベンチャー企業の社長や、酔っ払ったら刃物を持ち出すような危険な人もいましたね。2013年に閉じてしまいましたが、とにかくものすごいところでした。

僕を含めこのサロンに来るのは、世間的にはまともじゃないと言われるような人ばかりだったので、体は大きいけど心は小さい僕のような人間がいても目立ちませんでした。半年くらいは誰ともしゃべることができなかったのですが、そこにポツンといるのを繰り返しているうちにみんなと友達になりました。僕が制作現場に復帰するようになってからも手伝いに来てくれたりもしました。「芸術公民館」は僕にとっての最初の居場所。そこから再スタートしましたね。

「アイムヒア プロジェクト」に込めた思い

アイムヒアプロジェクト接写

「アイムヒア プロジェクト」の壁の亀裂を覗き込むと、
当事者が撮影した部屋写真を見ることができる。


――「アイムヒア プロジェクト」は、ひきこもり当事者から作品を募集する一方で、非当事者の人にもひきこもりについて注目してもらうための仕掛けがあるのではないかと思います。
まず、プロジェクトに参加するひきこもり当事者には謝礼をお支払いし、その写真一枚一枚が価値になるということを話しました。僕はひきこもりを止める日に自室の写真を撮ったのですが、そのときに「ひきこもっていた時間はこの一枚の写真を撮るための制作期間だった」という価値転換をしました。そこで、当事者の方にも「あなたのひきこもっている時間は、その写真を撮るために必要な時間だったのです」ということを伝えたいと思っていたのです。
当事者にとって写真を送る意味は、まず自分を客観的に見られるという点が挙げられます。そして僕の用意した受け皿のシステムとルールを知ったうえで「自分の壁に風穴を空けることもできる」という心境があるのだと思います。その風穴は、外をちょっと覗きたいというリカバリーの息吹かもしれないし、ある人にとっては電車に飛び込むような痛みの可視化かもしれません。意味は人それぞれですが、写真を撮って送ることで「何か起こせるかもしれない」という可能性を提示したかったのです。

一方で、非当事者である社会に向けた仕掛けは、部屋の中の写真を壁で仕切ることで、「向こう側」と「こちら側」という境界が現れることにあります。それにより、両者の存在を並列して考えることができるようになると思います。これはアートにしかできない仕掛けですね。

僕は、当事者が社会の側に来ないのは、社会の側が暴力的だからだと考えています。このことを発信して、社会が当事者にルールを強要するのではなく、社会そのものが暴力的であることを感じてもらえればと思います。

――2014年の個展「止まった部屋 動き出した家」でも、当事者の部屋の写真を募集し、会場で公開しています。そのときとの違いについて教えてください。
そのころは、ホームレスやヘイトスピーチ、セクシャルマイノリティなど、社会的にタブーとして語られないテーマをひとしきり取り上げて展覧会を開いていました。そうしたキーワードのひとつとして「ひきこもり」をテーマにしたのですが、掘り下げてみると「なぜ孤立するのか」「他者とはなぜわかりあえないのか」「なぜ生きづらさを感じるのか」というように、とても深い哲学的な問いと接続することがわかってきたのです。そうした問題をある程度まとめたという点で、前回の展示とは異なっています。

※下記の渡辺篤さんのサイトから、個展「止まった部屋 動き出した家」の当事者の部屋写真をご覧になることができます。
https://www.atsushi-watanabe.jp/works/2014/tomattaheya-ugokidashitaie/

「ひきこもりと表現」について

作品と写る渡辺篤さん

――芸術の分野以外でも結構ですが、尊敬する方や好きなコンテンツはありますか。
テレビはほとんど見ないのですが、マツコ・デラックスさんは唯一見ています。あの歯に衣着せぬ感じがいいですね。マツコさんが出演する番組の作り方は好きでなくなってきましたが、マツコさんは好きです(笑)

それから、ホームレスの方たちで構成されている「新人Hソケリッサ!」というダンスグループが好きです。立ち上げ人はアオキ裕キさんという非常にキャリアのあるダンサーで、今度の展覧会で2月23日にゲストにお呼びします。
アオキさんはホームレスの方たちと一緒に長い時間を過ごし、当事者が当事者のまま輝ける舞台をどうやって作るのかという表現をしていて、僕もそうしたことをやりたいと考えています。アオキさんの活動は「アイムヒア プロジェクト」にも大きく影響しています。

――近年、当事者が自身の作品を発表する場が増えてきています。「ひき☆スタ」でもそのような場を作りたいと考え、ヘッダー画像を作っていただくなど様々な試みをしていますが、このような動きについてはどのようにお考えですか。
インターネットやテキストによって表現するのはとてもいいことですし、それをきっかけにモチベーションが上がることもあるでしょう。そして、制作する人はぜひ作品を作り続けてほしいと思います。
今は当事者が表現できる場ができはじめていますが、今後はそれを尊重したうえで当事者をどのように守っていくのかが重要だと思います。
表現というのは、僕がやっているようなアートの界隈では社会に向けて発信することになります。そのため、自分の作品が批評にさらされることになります。この厳しさは僕がひきこもった原因のひとつでもあります。だからこそ、次のステージに向かう場合は慎重にならなければいけないと思います。

まだ考えているだけの段階ですが、いつかひきこもりの人たちと芸術祭のようなものをやりたいと思っています。そこで、これからはひきこもりの皆さんの表現に対する思いを聞いてみたいですね。

プロフィール

プロフィール画像
渡辺 篤 | Atsushi Watanabe
現代美術家。東京藝術大学在学中から、直接的/間接的な経験を根幹とする、新興宗教・経済格差・ホームレス・アニマルライツ・精神疾患・セクシャルマイノリティなどの、社会からタブーや穢れとして扱われうる要素を持った様々な問題やそれにまつわる状況を批評的に取り扱ってきた。近年は、不可視の社会問題でもあり、また自身も元当事者である「ひきこもり」の経験を基点に、心の傷を持った者たちと協働するインターネットを介したプロジェクトを多数実施。そこでは、当事者性と他者性、共感の可能性と不可能性、社会包摂の在り方についてなど、社会/文化/ 福祉/心理のテーマにも及ぶ取り組みを行う。社会問題に対してアートが物理的・ 精神的に介入し、解決に向けた直接的な作用を及ぼす可能性を追求している。主な個展は「わたしの傷/あなたの傷」(六本木ヒルズA/Dギャラリー、東京、2017年)、「止まった部屋 動き出した家」(NANJO HOUSE、東京、2014年)など。 2018年度「クリエイティブ・インクルージョン活動助成」(アーツコミッション・ ヨコハマ)に採択。作品発表以外では、当事者経験や表現者としての視点を活かし、「ハートネットTV」(NHK Eテレ、2018-2019年)などのテレビ出演や、雑誌・新聞・ウェブへの執筆多数。アートのジャンル内外でのレクチャーも行う。
「渡辺篤ウェブサイト」:https://www.atsushi-watanabe.jp/
「アイムヒア プロジェクト ウェブサイト」:https://www.iamhere-project.org/

「アイムヒア プロジェクト」写真集出版記念展 “まなざしについて”
会場:高架下スタジオSite-Aギャラリー
会期:2019年2月16日(土)~24日(日)
※会期中は無休
時間:11:00~19:00
入場料:無料 ※一部有料イベント有り
詳細はこちら https://www.iamhere-project.org/photobook-exhibiton/

リンク

ひきこもり経験を表現する現代美術家・渡辺篤さんインタビュー【前編】


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