丸山康彦さん

ヒューマン・スタジオの丸山康彦です。「ひきこもり支援」というと、本人への「就労支援」か「就労を目標にした支援」であることが一般的ですが、少数ながら違う視点で行われている相談業務や本人支援もあります。

そのひとつが「ひきこもり生活の質(ひきこもりQOL)」が高まるような支援です。

「生活の質」を「クオリティ・オブ・ライフ(Quality Of Life)」と呼びますが、ひきこもり相談に携わっている私は、現在の生活すなわち「ひきこもり生活」の質(ひきこもりQOL)が高まっていくと、本人が楽になり元気になっていく、と感じています。

「ひきこもりQOL」が高まるとは「ひきこもり生活が、少しでも楽に、楽しく、安心なものになる」ということであり、それは次の3つが必要だと考えています。

1.生活上の困りごと(歯医者に行けない、髪を切りに行けない、買い物に行けないなど)が解決する

2.やりたくてもできないことができるように、やっていても楽しくないことが楽しめるようになる(ゲームなどの趣味や興味ある勉強など)

3.現在や将来に関わることがわかったりできたりする(行政手続き、家計など)

そこで私は、どのような活動がそれぞれに該当するかを調査研究しているのですが、そのなかで出会った活動とそれを立ち上げた方々や利用している方々 を紹介します。

今回は、任意団体「ひきこもり発信プロジェクト」の代表者で、歯医者さんの訪問診療を利用されている新舛秀浩さんにお話を伺いました。

「ひきこもり発信プロジェクト」でひきこもり当事者の視点から講演会を開いている新舛さんは、神奈川県逗子市に在住。22~30歳くらいにかけてひきこもり状態にあり、講演活動などをしている現在も体調の波に気をつけています。

パニック障害を患っているという新舛さんは、人と話したり外出したりすることはできるものの、歯医者さんのように拘束される場所を苦手としています(広場恐怖症)。今回の取材では、歯医者さんの訪問診療を受けた経緯や、同じような悩みを抱える人が楽に治療を受けられるようにするための要望などについてお聞きしました。

訪問診療を受ける理由

(丸山)現在、訪問診療をご利用されている歯医者さんはどちらにありますか。
(新舛)住まいのある神奈川県逗子市にあります。

(丸山)地元にあるということは、訪問診療を受ける前からご存知の歯医者さんだったのでしょうか。
(新舛)歯医者さんに行けた時期には、別の病院を利用していました。しかし、パニックの症状が辛くなってきて訪問診療を検討したのですが、2件の歯医者さんで利用を断られました。
訪問診療は基本的に「通院が困難な方」のために設けられていることが多いようなのですが、それは歩くのが困難な高齢者の方や、身体障害者の方などが念頭に置かれていると思われます。一方、私の場合は歯医者さんの治療ユニットに座ると逃げ場がなくなるように感じて、動悸や発汗が激しくなる「パニック障害」などを患っています。外出もできて人と話すのも好きなのでお医者さんからは元気な人に見えてしまい、訪問診療の対象から外れてしまいます。精神障害手帳を持っているので訪問診療を相談できる立場ではあるのですが、それでも受診するハードルは高いと感じました。

(丸山)そのほかに、訪問診療を受ける難しさを痛感した場面はありますか。
(新舛)電話で人と話すのがとても苦手なのですが、訪問診療をお願いするために同じ歯医者さんに何度も電話して問い合わせなければなりませんでした。結局徒労に終わってしまい、どっと疲れが出て寝込んでしまいました。

自宅で診療を受けられる安心感

(丸山)現在、訪問診療を受けている歯医者さんはどのように探したのでしょうか。
(新舛)インターネットで見つけて電話しました。そこでは基本的にどのような方でも訪問診療を受けられるようで、説明を受けて安心しました。訪問診療を受ける前から虫歯はあったのですが、まだ痛みが出る前に診察していただきました。

(丸山)歯が痛む前に治療を受けられて良かったですね。ご自宅ではどのように診療を受けていますか。
(新舛)私が診療を受けている歯医者さんでは、歯科医師と歯科衛生士の2名が来てくれます。家のソファで横になって治療を受ける形なのですが、束縛されるような気持ちにならないので安心して治療を受けられますね。

(丸山)訪問診療を受けられるようになったことで、生活や気持ちに変化はありましたか。
(新舛)風邪のような症状であれば休んでいれば治るのですが、虫歯や歯周病はそうはいきません。治療が難しかったとしても、診察してもらうだけで安心感があります。

訪問診療の課題は心理的なハードル

(丸山)訪問診療ではどの範囲まで治療を受けられていますか。
(新舛)虫歯や歯周病が主な対象ですが、完全には治療できません。あまり進行していないような虫歯であれば対応してくれますが、レントゲンを使えないので歯を削って銀歯を作らなければならないような症状は訪問診療では処置できません。「しっかりした治療を受けるためには、歯医者さんまで来てほしい」と言われています。
大きな虫歯ができる前に定期的に訪問診療を受けられていれば、歯医者さんに行かなくても済んだのですが……。

(丸山)訪問診療に対して要望はありますか?
(新舛)訪問診療は社会的弱者の方が受けるものとして考えられている側面があるので、ひきこもりの人が受けるサービスとしては心理的なハードルが高くなります。例えば、インターネットで本を購入するのはどんな人でも気軽にできますが、訪問診療はそうはいきませんよね。もっと気軽にサービスを受けられたら良いのにと思います。
また、料金も非常に高く、通院するより2~3倍はかかる印象があります。経済的な余裕がない方にとっては簡単に受けられないのではないでしょうか。

(丸山)最近は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、オンライン診療を行なう医療機関もあるようですね。
(新舛)私は精神科にもかかっているのですが、歯科と違って医師と話しながら処方などをする形なので、初診からオンラインで受診できたらとても便利なのではないかと感じています。精神科は通院するのが辛い患者さんも多いですし、自宅で診療を受けながら処方箋を出してくれたらとても助かります。

(丸山)歯医者さんのほかに受けている訪問サービスはありますか。
(新舛)美容院の訪問サービスも受けています。誰でも受けられるので申し込みは気軽にできるのですが、高齢者の方などを想定しているようなので、理容師さんから気を遣われてしまってこちらが申し訳ない気持ちになります。それに料金も高くなるので、心理面と経済面の両方でまだまだ壁は高いと感じます。

(丸山)お話を伺って、新舛さんはある意味で「ひきこもり生活名人」だと思いました。相談業務 で親御さんの話を伺っても、訪問サービスを利用している人はほとんどいらっしゃいません。一方で「病院に行けない」「床屋さんに行けない」といった相談はよく耳にするので、今日はいろいろなヒントをいただきました。まだまだ訪問サービスを利用するうえで課題はありますが、ひきこもりQOLを上げる手助けにもなるのだと感じています。

新舛さん

新舛 秀浩(しんます ひでひろ)
中2で不登校、22歳で中堅大学合格するも体調を崩し中退。通信制大学卒業後、支援につながる。

現在・不登校、ひきこもり経験を活かし「ひきこもり発信プロジェクト」代表として活動中。累計講演回数70回以上
2018年3月ひきこもりUX会議・代表理事林恭子氏をスピーカーに招きパネルディスカッション(約100名)
2018年10月ヒューマン・スタジオ代表丸山康彦氏を招き対談致しました。(約80名)
2020年11月29日ZOOMにてヒューマン・スタジオ代表丸山康彦氏を招き「親御さんの心の荷物が少し軽くなる」講演会約70名参加

不登校・ひきこもり親の会『ゆずり葉の会』定例会で講演

『KHJ横浜ばらの会』、『リロード』『ワラタネット交流会』『多様な学びプロジェクト』『たんば生きづらさネット』他多数ゲストスピーカー経験

ハートネットTV、不登校新聞、週刊女性、タウンニュース、神奈川新聞、オーストラリア放送協会など多数掲載

ひきこもり発信プロジェクト ホームページ
https://hikikomori-hassinn-project.jimdosite.com/

丸山 康彦(まるやま やすひこ)
「ヒューマン・スタジオ」代表兼相談員 不登校のため高校を7年かけて卒業。大学卒業後、高校講師、ひきこもりを経て1999年4月に青少年支援の学習と活動を開始。2001年10月に個人で同スタジオを設立し、不登校・ひきこもりの相談のほか、メールマガジンの執筆配信、家族会やセミナーの開催など多様な関連業務を企画実施。 「ひきこもり生活を楽に、楽しく、安心なものにする」という「ひきこもり生活の質(ひきこもりQOL)向上」を基本方針のひとつとしている。 現在「ひきこもり当事者グループ「ひき桜」in横浜」運営メンバー、「藤沢市社会福祉協議会」相談員兼ソーシャルワーカー支援員など幅広く活動。 著書に『不登校・ひきこもりが終わるとき-体験者が当事者と家族に語る、理解と対応の道しるべ』がある。

・ヒューマン・スタジオ ホームページ
https://husta.is-mine.net/

・活動情報が掲載されているヒュースタ日誌
https://blog.goo.ne.jp/husta

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