生きる為に働くのに働く事で死に追いやられてたらそれは本末転倒では?
一般社会人より遥かにきつい職場でまるで奴隷の様に働いてお金を得てもそれでどうなるというのか。そもそも僕には友達1人いない。人間関係がそもそも無い。人は独りじゃ生きてけないとはよく言ったものだ。切実に実感。生きる意欲が沸いてこない。ではなぜ生きてる?ただ死ねないだけ。法で禁止されてるし自己防衛本能もそれを許さない。生きてるというか強制的に生かされてる感覚。こんな状態で一体どう仕事しろと?誰が雇う?どう苦労に耐えろと?そもそも何を生き甲斐に働けばいいのか
そんな僕の悩みにある人は「自業自得!生き甲斐とか贅沢言うな!仕事も選ぶな!何でもやれ!」と言った。
生き甲斐を持つことは贅沢と。ブラック企業が平然とのさばるこの社会で仕事も選ぶなと。では皆何の為に働いているのか。と思い周りをみれば皆どこかにサポートしてくれる家族、守りたい家族がいて、共に遊べる友がいて、愚痴を聞いてくれる友がいて、仕事で助け合える同僚がいて、希望を共有する仲間や恋人がいる。こんな感じで、僕が観ている限り、働いてる人の大半はちゃんとこういう土台を持ってる。生き甲斐に繋がるものも、辛い仕事に耐える為のモチベの源も、その疲れから素早く回復する為の支援体制も。僕はこれ無しでしかも彼らより更に酷い環境で頑張らなきゃいけないのか…そう思うとあまりの絶望で無気力になる。
埼玉県 高齢ひきこもり