客観的に見て自分が世界一不幸だなんて、だいそれたことは誰も考えない。だって世界一は世界に一人きりだから。
でも主観的に見て自分が世界一不幸だと思っていることはおかしなことでもない。現在、自分が世界一不幸だということは、少なくとも自己ベスト(ワースト?)の不幸ということになる。
不幸の状態が長期にわたる時、特に幼少のころから続いている時、先の見通しが立たない時、他人の不幸を本気で考えられない自分に気付く時、悲しくて泣いちゃうドラマは本当に悲しいので見たくない時、そのドラマに対してなんで作り話で自分がつらい思いをしなければならないのかと腹を立てる時、あるいは、これだけ頭が働けば、自分は不幸ではないのかもしれない。どちらだがわからない。
これは不幸とは少し違う。心が重いという状態だ。悲しいドラマは見たくない。他人のことを考える余裕がない。自分の不幸で心の中がいっぱいなので、軽い話題を話すことが出来ない。重い話というのは中途半端には出来ないので、社交的にはなれない。他人の不幸のことを考える余裕がないので、自分の不幸がなくなるまでは、主観的世界一の座から降りることは出来ない。
軽い話題、当たり障りのない話の大事さに気付いた今日この頃です。
神奈川県 ななころび