「ひきこもり」は、一体いつのまに人における固定的な属性になってしまったんでしょうか?
そりゃ自活しつつマイペースでインドアな生活を獲得できた人は、「自分ひきこもりですから」と自称できることもあるとは思うのですが。
社会的ひきこもりについては、あくまで「ひきこもり状態」にすぎなかったはずです。
支援も議論も、どこか「ひきこもりの人」ということで進みがち。「ひきこもり当事者」と言われても、一体何を指されてるのかがいまいちわからず、ライフスタイル化していて満足してる人からすれば「問題はない」と感ぜられるでしょう。
問題になるのは「葛藤や孤独にさいなまれる<ひきこもり状態>をどうするか」であって。
「ひきこもり」という呼び名は文脈が重なってしまうことに注意して、冗長にはなるのかもしれないけど「引きこもり状態になってる当事者」とか、正確な言い方を採用した方がいいように思います。
群馬県 たけたん