「勉強しなさい!」「学校に行きなさい」という言葉は会話というより、広辞苑的にも捨て台詞なんじゃないかな~と思う、では会話とは?と電子事典に問いかけると「話し合うこと」と。 家庭でもひき脱出において会話がものすごく重要な気がしてきているこの頃。
小さな頃は喧嘩しちゃっても、次の日仲直りというのは幼稚園生くらいのころにはよくある光景、でもいつの間にか今日もメソメソ次の日もメソメソ、それが続くと「ひき」への確率が高くなってしまうのかもしれない。
一方に家庭内で会話を楽しめる人は、家庭も明るく当然社会でも明るく、よほど理不尽なことがない限り、立ち直りも早く、「ひき」という状態に陥る割合を減らすことができたんじゃないかな~と、ひきの日常天井眺めながら13年くらい前にタイムスリップしてふと思いました。
自分はというと残念ながら気が付けば不登校からひきニートという出世魚の残念版?です。
でもあれって肩書というより「その者」の名前なんのですよねと冗談さておき、今自分は家庭内で会話がどれだけできているかというと、母と脇見恐怖症や、対人恐怖症など内面的な部分な話をしたのはここ数年で、ひき脱出は難しく会話が捨て台詞で終えてしまうこともしばしば。
なかなか病院に行く気になれず家にいる日々。
なぜ行く気になれないかというと、2つの病(病名は推測)は家にいる日常で、というより外という非日常で姿を現すからなのかもしれない
神奈川県 鳥好きK