35年間ソーシャルワーカーをつとめ、横浜市の保健所勤務時代に全国で初めて家族教室や当事者グループを発足、また全国で初めてひきこもりとうつの若者が通える地域活動センターを仲間と開設するなど、先進的なひきこもり支援の経歴を有する白梅学園大学教授の長谷川俊雄さん。
今回は2015年10月28日に神奈川県厚木市の厚木シティプラザにて行われた「平成27年度厚木地区ひきこもりを考える家族セミナー(全3回)」)のうち、長谷川さんが登壇した第1回目の講演「『ひきこもりの理解と支援 』親に求められること 」の模様を2回に渡ってお届けします。
(報告:ヒューマン・スタジオ 丸山康彦)
(前編より)
共同体としての家族
有名な曲の歌詞を交えるなどして本人の心理を説明したあと、長谷川さんはレジュメを使いながら、ひきこもりをめぐる基礎知識や適切な理解、対応に役立つ具体的な考え方を述べた。この講演全体を通して長谷川さんが強調したことは、次の2点にまとめられるだろう。
第一に、家族像の変革の必要性である。
子どもがひきこもりになると、二次的に家族の境界が混乱する“家族問題”が生じるという。それは問題を持っていない人(親)が、問題を抱えている人(子ども)を無理矢理解決しようと“解決という名の支配”をしてしまうことだ。
「それでは解決しないだろう。家族がどうやって“ともに問題を解決できる共同体”になるのか、が大切。共同体になっていないから問題が解決しない」と長谷川さんは語る。
「共感共鳴」が生まれることが「共同体としての家族」であり、そういう家族でないとひきこもりの解決は難しいのだと言う。
第二に、社会の少数派である本人に対し、多数派の(社会の)価値観で対応することの無意味さである。
本人たちは社会の少数派。少数派に多数派の価値観で向き合っても共感共鳴が生まれるはずはない。
「多数派の価値観」とは、言うまでもなく「外出や就労がゴール」というものだ。
これに対して長谷川さんは
こうした“わかりやすい物語”は危険だということです。私たちが何の吟味も深い検討もしないまま『学校に戻ることはいいことなんだ』『外出することはいいことなんだ』と思っていることを疑ってかかることです
と警告する。
両親にはひきこもりの経験がないから、本人の気持ちがわからない。それなら教えてもらう、たずねる、一緒に考える、という態度が必要なのに、社会の多数派の価値観で“水戸黄門”のように子どもの前に立ちふさがって正論を吐き、叱咤激励する。このことの危険性を長谷川さんは訴える。
「私たちの多数派の価値観を緩め、少数派になってしまった彼らひきこもりの価値観に立ってみることが大事」
リビングは会議室じゃない
では「共同体としての家族」が「少数派の本人」に、どう接したら「共感共鳴」が生まれるのか。
まず最初に「快適にひきこもる環境」をどうつくるかが大事だと長谷川さんは言う。快適にひきこもる環境がないと、エネルギーがたまっていかないからだ。
長谷川さんは提案する。
『親に何ていわれるんだろう』とびくびくドキドキしながらいたら、そこにエネルギーを使ってしまう。外に出るというエネルギーはたまらないんじゃないかと思います。
悩んでいる、苦しんでいる子どもの唯一の理解者になることを放棄して叱咤激励することは、一層子どもを孤立化させることにつながるんだということです。
彼らは外出しにくいから外出しないんです。働けないから働いていないんです。にもかかわらず『外出しようよ、働こうよ』という言葉はまったく響かない言葉ですよね。だとしたら、それは嫌がらせの言葉としか伝わっていないかもしれません。
あるいは『うちの母さん父さん、おれのことまったくわかっていないんだ』と思われていませんか。そうした証拠をお父さんお母さん自身が提示してしまっていたら、一層子どもは語ろうとしなくなるかもしれない。
リビングで他愛のない話ができるとよいのです。でも親御さんは他愛のない話ができない。なぜリビングが会議室になってしまうのか。
『おいしい』『うれしい』『たのしい』という形容詞をたくさん使おう。そういう話題をなぜ出せないのか。この言葉は誰も傷つかず、誰もがほっこりできる言葉です。
生活の質(QOL=クオリティオブライフ)という用語を『クオリティ・オブ・リビングルーム』と読み替えて、『リビングルームの質をどうやってゆるやかに温かくするか』を大事にしましょう。リビングを会議室にしてはいけません。自分のことで夫婦げんかをしているリビングに、本人が出てこようと思いますか?
と。
「一緒に考えよう。どうしたらこのうちが居心地よくなって、父さんや母さんの目を気にしないでリビングにいられるのか。そのために父さん母さんはどうしたらいいんだろう」
そういう言葉かけをしてしまうと「ずっとひきこもってしまうんじゃないか」と思う親もいるだろう。
出そうとする親と出たくない子の綱引き状態になっていて、「親が先に綱を置くと、もっと引っ込んじゃうんじゃないか」と怖くて綱を置かない親もいる。
このようなわが子への信頼のなさは、本人に伝わってしまう、と長谷川さんは言う。
「快適にひきこもれる環境を整える」―これを「何もしないこと」に聞こえる親御さんもいるらしい。最後の質疑応答の時間にも「それでは放っておくことにならないか?」という質問が寄せられた。
もちろん長谷川さんが、環境を整えながら待つことの意味を詳しく説明したことは言うまでもない。
対応の基準は当事者に合わせて
長年自室に閉じこもっているわが子を引き出そうと、親御さんが工具で扉を破壊して踏み込んだことで、最悪の結果を招いたケースを紹介して「ひきこもっていてはいけないんですか?」と問いかけるなどしたのち、長谷川さんは家族の対応のポイントとして、次のような点を挙げた。
-3回提案して本人が乗ってこなかったら、「今、この提案は無効なんだな」と思って1回棚上げにする。
-本人がひきこもると二次的に親子関係の問題が起こってしまう。その部分を小さく薄くしていくことが先決。だからお父さんお母さんが継続して定期的に家族相談を受け、さらに家族教室(現在神奈川県内では行われていない)に参加して勉強することが大切。
-子どもがひきこもっていると、親は旅行に行かなくなる。旅行に行ってあげよう。親は旅行でのうのうとし、本人はお父さんお母さんがいなくなってのうのうとできる。親の生活を縮小しないで開いていく。
-外出はずいぶん先のゴール。「ごはん食べたらお茶碗をシンクに運んどいてね」そして「ありがとう」という。そういう糧ができる、こもりながらできるゴールを設定する。そのゴールを彼自身が継続したらほめてあげられるし、ありがとうと言ってあげられる。
講演が終了するときは、会場のあちこちで涙を流す母親の姿が見られた。
長谷川さんが強調した「本人を否定しない」「先を急がせてはいけない」「家族は外出したほうがよい」などは、少なからぬ当事者も主張していることであり、その意味で当事者が聞いても共感できる点が多々含まれているように感じた。
参加した親御さんが「親ではなく本人の求めていることが必要なことなのだ」という点を受け取り、ご家庭での本人とのつきあいに活かしていくことができれば、事態は好転に向かうのではないだろうか。
まだ聴いたことがない親御さんに一度は聴いてほしい講演者のひとりである。
【長谷川俊雄】
社会福祉士、精神保健福祉士
1981年より横浜市役所の社会福祉職として勤務。その後、精神科クリニックでソーシャルワーカーとして勤務。2010年より白梅学園大学教授。社会福祉制度やソーシャルワークが取りこぼしている青少年問題と家族問題に関心を寄せて実践と研究に取り組んでいる。
NPO法人つながる会(横浜)代表理事。NPO法人フリースペースたまりば(川崎)副理事長。
【丸山康彦】
「ヒューマン・スタジオ」代表兼相談員。
不登校のため高校を7年かけて卒業。大学卒業後、高校講師、ひきこもりを経て1999年4月に個人事務所を開設し、青少年支援の学習と活動を開始。 2001年10月に個人で同スタジオを設立し、不登校・ひきこもりの相談援助のほか、メールマガジンの執筆配信、家族会やセミナーの開催など多様な関連業務を企画実施している。2013年、周囲の関係者と不登校・ひきこもり支援団体「湘南ユースファクトリー」を設立し代表理事に就任。
著書に『不登校が終わるとき-体験者が当事者と家族に語る、理解と対応の道しるべ-』がある。