本の表紙

扉を開けて ひきこもり、その声が聞こえますか
共同通信ひきこもり取材班
かもがわ出版
2019年
160ページ

共同通信が2017~18年の1年間にわたり配信した記事と、川崎・練馬事件を受けての続報を加えた内容になっている。記事はひきこもり当事者や経験者、家族などに取材したルポルタージュが中心で、このほか相談に関わる人やイベント主催者、専門家らへのインタビューも交えているよ。

はじめに自分が関心をもったのは、本書の構成だ。
川崎と練馬で起こったひきこもりに関連する殺傷事件や、親とひきこもりの子どもが高齢化する8050問題、それに自立支援ビジネスのトラブルなど、近年話題に上がるキーワードを余すことなく取り上げているのが、大きな特徴だといえるね。

目次
第1章 川崎・練馬事件と8050問題
第2章 横行する自立支援ビジネス
第3章 ひきこもりを地域で支える
第4章 就労に踏み出すとき
第5章 ひきこもる女性たちの苦悩
第6章 全国に拡がる家族会
第7章 声を上げ始めた当事者たち



1.川崎・練馬事件を受けての当事者発信

第1章で取り上げられた川崎・練馬事件とは、2019年5~6月にかけて別々に起こった殺傷事件のこと。1つは神奈川県川崎市で起こった殺傷事件で、事件直後に自殺した犯人にひきこもり傾向があったと報道された。その4日後、今度は東京都練馬区で元農林水産事務次官の男が、ひきこもりがちで家庭内暴力があったという長男を刺殺する事件が発生した。

衝撃的な事件が立て続けに起き、テレビ番組やインターネットで「ひきこもり」という言葉が踊るようになった。ひき☆スタの投稿コーナー「言ってみた。」では、事件から1年近く経った今も非常に多くの議論を呼んでいる。

本書では、複数の当事者手記を掲載した「HIKIPOS」(ひきポス)など、一連の事件についてひきこもり当事者、経験者が発信する姿を捉えている。章末のインタビューに登場する精神科医の斎藤環さんは、事件後にツイッターで「断言するが、この殺人の背中を押す力のいくぶんかは、あなたの発した何げない『一人で死ね』の声だ」と発信した人物でもある。斎藤さんは、当事者発信が増えたことが、20年前に比べて一番大きく変わったことだと話している。過激な差別発言がインターネットの一部では見られるものの、当事者が発信できる土壌が少しずつ築き上げられているんだね。
また、支援のあり方については、強制的な自立支援でも放任主義でもなく、その中間に立って柔軟に対話を継続していけるようなシステムの構築が望ましいと話しているよ。

2.自立支援施設でのトラブルの実態

第2章「横行する自立支援ビジネス」では、ひきこもり支援を目的とした民間事業者とのトラブルを取り上げている。ひきこもり当事者を強引に連行して軟禁状態にしたり、親に法外な料金を請求したりするなどの被害が続き、消費者庁も2017年ごろから注意を呼びかけている。

実際に、自立支援をうたう事業者に無理やり連れて行かれ、鉄格子のついた部屋に閉じ込められたという当事者の証言を紹介。職員の監視下のもとで働いていたアルバイト先の男性に助けられ、何とか脱走できたというケースもあった。また、こうした事業者に頼ったもののだまされていたことに気付き、子どもを望まぬ環境に置いたことを悔やみ続けているという親の声もある。

2019年、自立支援施設に向かう途中だった男性が走行中の車の後部座席から飛び降り、後続の車にはねられ死亡した出来事にも触れている。業者を相手取り裁判に発展しているケースもあるという。相次ぐトラブルに歯止めをかけるためにも、まずは被害状況を把握することが急務だと指摘しているね。

3.理解ある人たちとの出会いが癒やしに

このほか、第4章「就労に踏み出すとき」や第5章「ひきこもる女性たちの苦悩」、第7章「声を上げ始めた当事者たち」などでは、当事者の経験談が多数紹介されている。
印象的なのは、ひきこもり経験に理解がある人たちや、同じような経験をしている人たちとの出会いが、当事者を癒やしているケースが多く見られることだ。「ほかの人と話をしてみたい」「働いてみたい」と考えている人にとっては、外部との良好なつながりが次へのきっかけになるかもしれない。

女性のひきこもりについては、前回の書評で「発達障害のある女の子・女性の支援『自分らしく生きる』ための『からだ・こころ・関係性』のサポート」を取り上げているので、こちらもぜひ読んでみてほしい。
https://hkst.gr.jp/review/18711/

また、巻末には都道府県別の「ひきこもり地域支援センター」の設置状況をまとめたリストや、当事者向けのお役立ちサイト(ひきこもり新聞、HIKIPOS、ひきプラ、ひきこもりフューチャーセッション 庵-IORI-、一般社団法人 ひきこもりUX会議)などの情報が掲載されている。相談をしたい、居場所を探したいと考えている人には参考になりそうだ。

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ひきこもり本マイスター

星こゆるぎ

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