ひきこもりの真実の表紙

ひきこもりの真実

林 恭子
ちくま新書
2021年
256ページ

著者の林恭子さんは、一般社団法人「ひきこもりUX会議」の代表理事として活躍されているひきこもり経験者。近年はさまざまなメディアに登場されているので、お名前を知っている方も多いのではないかな。本書の前半ではひきこもりUX会議で実施したひきこもり実態調査(ひきこもり・生きづらさについての実態調査2019)やひきこもり女子会により浮き彫りになった支援の課題などを明るみにし、後半では高校2年生から30代まで断続的に続いたという自身の不登校・ひきこもり経験を振り返っているよ。

見落とされてきた「多様な」ひきこもり

学校や仕事に行けず心が葛藤していた時期を「死んでるように生きている」状態だったと表現した林さん。「就労」「自立」のプレッシャーに押し潰されて心身に不調をきたしてしまう例は、本書の前半で詳述されている「ひきこもり実態調査」によって数多く見られることが明らかになっているね。一方で、この実態調査はひきこもった動機や当事者の苦悩が多様であることも浮き彫りにしているんだ。調査を実施したひきこもりUX会議(Unique eXperience ユニーク・エクスペリエンス=固有の体験)の名のとおり、生きづらさを感じる背景には当事者それぞれの経験や環境が影響していることがわかるよ。

当事者の「就労」「自立」をゴールに設定した画一的な支援では、多様な背景をもつひきこもり当事者のニーズをすくい上げることが難しい。
中でも、これまで「ひきこもり」の対象として見過ごされてきたのが中高年のひきこもり、そして「女性」のひきこもりだそうだ。ひきこもりは若い男性が多いというイメージをもたれていたけれど、ひきこもりUX会議などの調査では、男性より女性の比率の方が高かったんだって。

実態調査以前から林さんらひきこもりUX会議で取り組んでいたのが「ひきこもりUX女子会」の開催なんだ。

私自身が女性当事者であり、UX会議には私以外にも女性当事者のメンバーがおり、実際には数字よりも多くの女性当事者がいて、行き場所がないのではないかという思いは以前から持っていた。

「ひきこもりの真実」46ページ

「専業主婦」や「家事手伝い」といった肩書が一般的だった時代と違い、現代では「女性も社会で活躍し、毎日を充実させるべき」という、見えない圧力があるという。男性が「かくあるべし」というイメージに苦しめられるのと同じく、女性も多くの「あるべき」役割を担わされ、過大なプレッシャーになっているのではないか、と林さんは考えているね。また、親との関係やDV、性被害などによる男性恐怖、それにホルモンバランスによる身体の不調など、女性特有の悩みがあるそうだよ。こうした点に細やかに配慮しながら、女性が安心して通えるひきこもり女子会を開催しているんだね。開始から5年でのべ4,500名の女性たちが参加しているとのことで、反響の大きさがうかがえるよ。

本書では、ひきこもり女子会の具体的な様子を伝えているほか、開催するときに工夫していることなど、女子会を立ち上げたいと考えている方の参考になる情報も伝えているね。また、ひきこもり女子会が近隣の地域と連携している例もあり、周囲からの誤解や偏見を避けるために地元以外の居場所に参加したいというニーズにもこたえているそうだよ。

就労や自立より大切なこと

必ずしも就労ありきではない支援のあり方として、居場所や当事者活動などが紹介されてきたね。それでは、ひきこもり当事者にとって就労や自立より大切なこととは何だろうか?林さんは、自身のひきこもり体験を振り返ることで模索しているよ。

林さんは親や学校との間に隔たりを感じながら学生生活を送るも疲弊してしまい、高校や大学を中退している。アルバイトもしていたけれど自己否定の気持ちが薄らぐことはなく、疲労感が積み重なる一方だったそうだ。林さんにとっては、通学や就労がひきこもり状態を解決する糸口にはならなかったんだね。

そんな林さんの助けになったのが、理解ある医師との出会いや、ひきこもり当事者らが集まるイベントだった、と書いているよ。「就労」そのものが悪いわけではないけれど、このときの林さんに必要だったのは、安心できる人との「対話」や「居場所」だったことがうかがえるね。「ひきこもりについて考える会」という意見交換の場に初めて参加したときのことについて、こう振り返っているよ。

ようやく自分と同じような経験をした当事者・経験者と出会えた私は「ひとりじゃなかったんだ。同じような思いを抱えた人がこんなにいたんだ」と思った。こんなバカなことをしているのは世界中で自分一人だけだと思っていたが、そう思うこともみな同じだった。「ひとりじゃなかった」と思えたことは、私にとってとても大きかった。

「ひきこもりの真実」181ページ

本書はひきこもり当事者だけでなく、接し方に悩んでいる家族や支援者、行政など、幅広い対象に向けられているね。それは、ひきこもりや不登校を個人の問題ではなく、社会全体で考える必要があるという視点で捉えているからだと思うよ。林さんは、当事者を就労の場へ戻せるように矯正するのではなく、何度でもやり直しができて安心して暮らせる社会の仕組みづくりが必要だと考えているね。当事者を後ろからそっと支えるような形でひきこもりや不登校をサポートしていく体制が整い、全国的に広がっていくことが望まれると思ったよ。

また、この本でユニークだったのが、林さんから妹さんへのインタビュー・コラムだね。ひきこもっている家族をどのように見ていたのか、親とは異なった視点から率直に語っているのがとても印象的だよ。

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ひきこもり本マイスター

星こゆるぎ

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