聞く技術聞いてもらう技術の書影

聞く技術 聞いてもらう技術
東畑開人
ちくま新書
2022年
256ページ

「自分の気持ちをこれだけ話しているのに、親が全然聞いてくれない」「友達の話をキチンと聞いて答えているつもりなのに、『全然話を聞いてくれないね』と怒られてしまった」。こんな経験をされた方もいるのではないだろうか?本書では、「聞く」の不全を解消するための方法を探っているよ。

社会では「聞く」が求められている

著者の東畑開人さんは臨床心理士。以前にも「読んでみた。」で「居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書」という著書を紹介したね。
私たちは普段から人の話をなんとなく聞いているし、なんとなくそれに答えられている。しかし、現代の社会でもっとも欠けているのは「聞く」である、と著者は考えているね。少子高齢化や格差社会など課題が山積していて、多くの人が慢性的な不安を抱えている。短期的な解決が難しい問題を前に、人々の心から余裕が失われているんだね。それでも社会を維持していくために人同士の「聞く」が求められているものの、余裕がないからこそ「聞く」ことそのものができなくなっている、という問題設定から本書はスタートするよ。
ここまで読んでいて気づいた人もいるかもしれないけれど、この本では「聴く」ではなく「聞く」という言葉を使っている。言葉の裏側にある気持ちに触れる「聴く」ではなく、相手が話している言葉をそのまま受け止める「聞く」。一見すると「聴く」の方が高度で難しいように感じるけれど、それよりも「聞く」の方がずっと難しいそうだよ。

「聞く」と「聞いてもらう」は循環している

コミュニケーションに関する本はいろいろあるよね。そのなかでも「聞く」にフォーカスしたものはいくつもあるけれど、この本が珍しいのは「聞いてもらう」ということにも注目している点だ。「聞いてもらう」……つまり、自分が誰かの話を聞くのではなく、自分の話を相手に「聞いてもらう」ということだね。なぜ、「聞く」と「聞いてもらう」の両方について分析しているのだろう?それは、「聞く」は「聞いてもらう」によって支えられていて、それが人から人へと循環していくからなんだ。普段、私たちは人に自分の話を聞いてもらうこともあれば、人の話を聞くこともあるよね。誰かの話を聞いて、誰かに話を聞いてもらう。これがみんなの間でグルグルと回っていくイメージを持つことが大切みたいだね。
タイトルの「聞く技術 聞いてもらう技術」のとおり、本書では聞く(聞いてもらう)ための具体的な方法を伝えている。例えば「聞いてもらう技術」では「隣に座ろう」「ZOOMで最後まで残ろう」というように、13もの方法を紹介。簡単にできるものもあるので、すぐに実践できてハードルが低いんだ。本を読むのが苦手な人でも、ここを読むだけでとてもためになるよ。しかし、本当に対話が必要なときほど、人には技術のことを考える余裕がないという。どうして人は話を聞けなくなってしまうのか。そして、「聞く」にはどんなちからが宿っているのか、カウンセリングでの体験も織り交ぜながら丁寧に書いているよ。

孤立している人へのケア

「話を聞けない」または「相手が話を聞いてくれない」と感じてしまうのは、話を聞く人が「孤立」しているときだという。孤立とは、心の中の悪しき他者によって責められ「自分なんて死んだ方がいい」などと思ってしまう状態のこと。2021年、「孤独・孤立対策担当室」が内閣官房に設置されるなど、人の孤立は社会的な課題と認識されているね。
心の中に潜み、想像上のネガティブな言葉をささやく「悪しき他者」とは何者か。著者は、それは「過去のトラウマ」だと書いているね。ただし、トラウマはいじめや虐待のような直接的なものとは限らない。親に無視された経験や、友達の漏らした苦笑の裏側が透けて見えたときなど、小さなコミュニケーション不全の積み重ねがトラウマを作り出してしまうこともあるんだ。
こうした経験は、多くの人が持っているのではないかと思う。相手は悪気がなかったのかもしれないけれど、そのときの言葉や態度がいつまでも頭から離れない……なんてことが。何気なく生活しているように見える人も、急にトラウマが蘇ってこころの悪しき声に責められるもある。より重いトラウマを抱えてしまうと、殻に閉じこもってしまいコミュニケーションを拒絶してしまうこともある。そんなとき、人の話を聞くことができなくなってしまうんだね。

だけど、話を聞こうとしてくれる存在がいたらどうだろう。


「大丈夫?」
「なにかあった?」

こう聞いてくれるだけでも、その人のこころには変化が現れる。もちろん、こころの中に悪しき他者が存在していると「本当は私をバカにしているんじゃないか」と思うことがあるかもしれない。しかし、そんなケースでも地道に時間をかけることで信頼が形成されていくはずだ。そして、その人の中には「他者は敵だ」というこころと異なる「自分にも味方がいるかもしれない」という、もう一つのこころが生まれてくる。すると、複数のこころが綱引きを始めて、徐々に小さかったこころが大きくなってコミュニケーションができるようになる。
それでは、悩みを抱えた人が「聞いてもらう」にはどうしたらよいだろう?


「ちょっと聞いてもらえるかな?」

そう相手に伝えられれば、それだけで大丈夫なんだって!
唐突で単純すぎる気もするけれど、「聞いてもらう」ためにすることは本当にシンプル。それだけ奥が深くて難しい。「座る」ということはみんなできるけれど、「美しい姿勢で座ってください」と言われるととても難しく感じる。でも、「丁寧に座ってみよう」と意識すればきれいな姿勢で座れるよね。シンプルで奥深いことでも、少しコツを知っていたら考えている以上にうまくできることってあると思うんだ。
人々の間で「聞く」「聞いてもらう」が回っていけば、何かあったときは誰かに相談できるし、ときには誰かの助けにもなる。普段の営みのなかでケアをし合うことで、ずっと穏やかな気持ちで過ごせるかもしれないと、この本を読んで考えたよ。

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