本田由紀
河出文庫
2008年初版
285ページ
教育から「社会の軋み」は始まっている
本書に収録されているのは、これまで著者自身が書いてきた論考やコラム、それに座談会などなどだ。特に論考では様々なデータから結論を導き出しているので、とても納得のいく内容になっていると思うよ。
著者の研究関心は教育、仕事、そして家族の三領域にまたがっているけれど、本書では特に仕事と教育の観点から「社会の軋(きし)み」を明らかにしているね。
教育面からは、学歴と格差社会のつながりを明確にした上で、学歴は「もはや十分条件ではないにしても、必要条件としての重要性をいっそう高めている」としている。学歴がある程度達していなければ正社員争いの土俵にも立てないばかりか、今はそれだけでは正社員になれない。そこでふるいにかけられる新しい基準が「人間力」だ、と書いているよ。「人間力」には、よく話題になる「コミュニケーション力」といったものも含まれるのだけど、著者は「概念そのものがあやしげなものであり、相対的に有利な社会集団が、「ゲームのルール」をみずからにとって都合のよいものにするために打ち出した恣意的な選抜基準」と批判しているね。ふむ。
「やりがいの搾取」を受ける若者
「人間力」に対する推察のように、現在の労働環境の劣悪さは企業側が立場の強さを生かして仕組んだ面が強い、としている。その一つに「やりがいの搾取」というものがあるんだって。ここでは「ある居酒屋」を例に、サークル的・カルト的な「ノリ」のなかで、自分の「夢」や「成長」を目指して結局は「働きすぎ」に巻き込まれている若者が存在している、と指摘。安い賃金で最大限に働かせるシステムが巧妙に仕組まれているんだね………ふーむ。
労働の悪循環を断ち切るために
若いフリーターやニートを単に正社員にさえ送り込めばよい、としてきた行政や研究の発想を根本から見直すきっかけになる本だと思ったよ。就職しようにも正社員の口は狭き門となっていて、正社員になったとしても過度の長時間労働や過重なノルマ、すさんだ人間関係が待っている。もし我慢できずに辞めても「他の社員は頑張っているのに、自分には無理だった」と自らを責めてしまい、フリーターやニートになってしまう。
著者はこうした悪循環を断ち切るための提言をしているよ。正社員と非正社員・アルバイトの採用のあり方および採用後の働き方や処遇を、いずれも適正なものしていくことにより、両者の分断や格差を緩和。労働市場に出る前の学校教育において、現在の「キャリア教育」のような適応主義的かつ精神主義的なものではない、実質的な労働能力形成と、労働者としてのエンパワーメントを拡充すること。能力形成と就労支援のみならず、若者全般に対する「人生前半の社会保障」を整備すること。
これらのことについては本書でも具体的に事例を出しているし、教育面についても改善策を示しているよ。でも、既存のシステムを変えねばならず、容易なことではなさそう。それだけ問題は根深いという裏返しなのかもしれないね。
まさにあなたや他の人々の苦痛こそが、社会を組み立て直してゆく原動力となるのだ。苦痛から発する声を聴く準備は、さまざまな場所で徐々に整いつつある。だから、あなたの苦しみは無意味で孤独なものではない。
苦境にいる一人一人の声を社会に響かせる。このサイトもそうした役割を担えるようにしたいと思います。
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