ひきこもりの〈ゴール〉―「就労」でもなく「対人関係」でもなく (青弓社ライブラリー (49))
石川良子 青弓社ライブラリー 初版2007年 251ページ
社会学者によるひきこもり研究
ひきこもりとはどのような経験か、ひきこもりから「回復」するとはどういうことか。そして、なぜひきこもり当事者は社会参加できない(しない)のか。当事者への長期に渡るインタビューと様々な文献などを絡めて究明する学術的な本となっているね。
「就労」へのジレンマ
当事者へ長期に渡るインタビューをした結果、コミュニティなどで「対人関係」を獲得はできたものの、次なる「就労」へのステップは非常に大きな壁となっており、ここに到達できない、気持ちが向かないという声が上がった。そして、就労をめぐるジレンマは当事者の間で非常に大きいことがうかがえるね。ある当事者は、精神的な問題で通院を初めてからの2年間について以下のように話している。
>二年あればそれなりの変化ができるんじゃないか(と思っていた)。(略)基本的に自分のやってることやってきてることは間違ってないし、いい方向には進んでる、という自負はあるんだけど(笑) その反面、肝心なことは全然進んでない、というジレンマもあります。
ひきこもりと「就労」への意識は結びつきが非常に強い。当事者の多くは「就労」へのこだわりが過度なものであることを自覚しているにもかかわらず、なおこだわりを捨てることができず、苦悩を深めていくそうだよ。
当事者を追い詰める「否定のまなざし」
なぜ当事者は「就労」へ強いこだわりを持つのか。もちろん経済的な問題もあるが、それ以上に道徳的なこだわりを感じる、と著者は言う。それは、社会からの無言の要請であり、圧力なのではないかな。
そもそも、「ひきこもり」という言葉も社会の側から提示された言葉であり、研究者らによって様々な意味付けがされた。その事は当事者にとって功罪を生み出す。それまで自分の状態を理解できなかった当事者が「ひきこもり」とされる項目に当てはまったことで自分の状況を納得できた、というインタビューもある。しかし、そのことは画一化された「ひきこもり」像を押し付けられることで、自身の体験の蓄積を語ることができない”自己を語るための語彙”の喪失がある、と指摘する。自分も「怠け者」で「社会から逃げている人間」と、ネガティブな意味で自己定義してしまうんだって。ふむ。
当事者がそう自己定義するのは、社会が「ひきこもり」を白眼視していると感じているのもあるだろう。「ひきこもり」にとっての危機とは、「普通」の生き方から外れてしまったことだ。社会からの否定的な視線を防ぐため、ひきこもるという行為を自己防衛と見ることもできる。その中で自身を保つために働くことや生きることへの確かな意味を必要とし、「問う」という営みを苦悶しながら行なっている。
しかし、社会はそうした当事者に対して寛大に見ない。働かずひきこもる人に対して「甘え」と断定し、ますます当事者の苦痛を増大させていく。当事者を追い詰めているのは、「ひきこもり」という行為自体ではなく、そのことを否定するまなざし、そして自己否定する当事者自身のまなざしである、と言う。そして、最後に筆者は以下のように書いているよ。
>・・・・・・そうした不満は、ひきこもっている当の本人によって引き起こされているわけではない。それは経済的・精神的に厳しい状況に個人を追い込む社会や、働いて稼いでいるかどうかで人間の成熟度合いを計ろうとするような価値規範に由来しているということに気をつけなければならない。本来批判されるべきは、個人に生きづらさを強いる社会のあり方そのものである。
「存在論的ひきこもり論」、「軋む社会」との関連
著者はひきこもりについて「存在論的不安の観点」から理解できる、としている。「社会生活」では朝起きて仕事に出て夜に帰る、というようなルーティーンが既定されており、「実存的疑問」がそうしたルーティーンでの行為で解消されているという。それとは逆に、ひきこもっている時の「いかに生きるべきか?」「何のために働くのか?」「自分の存在に価値はあるのか?」といった「実存的疑問」への対峙は行為によって解消されない。そのため、社会生活を営むことを難しくさせている、という。
そういえば、これと似たような話を以前にも書評でしたような……。そうそう、芹沢俊介さんの本「存在論的ひきこもり論」だね。
また、「存在論的ひきこもり論」でも論じられているけど、「他者の否定的なまなざし」という点では本田由紀さんの「軋む社会」もそういう内容だったよ。社会や他人の否定的なまなざし、そして当事者の抱く実存的疑問……。違う立場から書かれた本がつながって、ひきこもりの理解につながるといいな。
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